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大気光」全球マッピングに各国が協力 迫る地球の夜の近紫外線撮像

 地球の夜側を近紫外線で詳細に観測する「Mini-EUSO望遠鏡」が、準備の最終段階を迎えている。Mini-EUSO望遠鏡は口径25センチの紫外線望遠鏡で、国際宇宙ステーションのロシアモジュールにある紫外線透過窓に設置され、地球方向を観測する。視野は±19度で、差し渡し250キロの領域を2.5マイクロ秒ごとに48×48画素で撮像観測する。(戎崎俊一)
 これは、超高エネルギー宇宙線を観測するための超広視野望遠鏡・EUSO(ユーゾ)の開発の一環をなすもので、宇宙におけるプラスチックフレネルレンズ、位置検出型光電子増倍管アレイの技術検証と宇宙線観測時にバックグラウンドとなる大気光の全球マッピングを行うのが主要目的である。
 その他に、Mini-EUSOは地球科学に貢献する。まず、地球高層(高さ約100キロ)大気が夜光を放射している。これは原子状酸素の再結合によるものだ。これまでの地上観測で、夜光放射にしま状の濃淡構造があることが観測されている。これは、大気圏で作られた擾乱(じょうらん)が、波として上層に伝わって作られると考えられている。しかし、地上から一度に観測できる領域は100キロ程度に制限されているので、この波がどこで作られてどこに伝搬していくのかが分からない。
 国際宇宙ステーションの運動により250キロの幅で帯状に観測できるMini-EUSOは、このしま状構造の全球的な分布を明らかにし、大気上層に伝わる波の起源を明らかにすると期待されている。
 また、上空から大気圏の放電現象の観測が可能である。2.5マイクロ秒の超高速で撮像観測ができるMini-EUSOはエルブスやスプライト、ブルージェットなどの特殊な放電現象の発達の様子を明らかにする。近紫外線は、地上観測では大気吸収で観測が難しいので、詳細な撮像観測がなされていない。同様に、流星の観測も行う。
 さらに、夜光虫などの中には、近紫外線領域で発光するものがある。発光生物の全球マッピングが行える。
 薄明帯通過中は、太陽光の反射によってスペースデブリ(宇宙ごみ)の観測が可能である。Mini-EUSOで使われる超広視野望遠鏡の技術により、スペースデブリのその場検出が実現できる。これは、スペースデブリ脱軌道ミッションの基幹技術である。
 Mini-EUSO望遠鏡は、イタリア宇宙機関とロシア宇宙機関の国際共同プロジェクトで推進されている。今年8月にロシアのバイコヌール基地から打ち上げる予定である。ミッション機器の製作は、イタリアとロシアをはじめ、日本、フランス、ポーランドなどの研究者が協力して行った。理化学研究所を中心とした日本チームは、レンズ製作と光電子増倍管アレイの製作の一部を担っている。
 世界が次第にきな臭くなっている中で、各国の研究者の知恵と技術を結集し、お互い足りないところを補って一つの観測機器を作り上げ、運用するこのようなプロジェクトに参加できることは大変幸せである。協力して困難に立ち向かうことで国境や国籍を超えた友情を育んでいる。
2019.6.26 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説
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超高精度の時計が切り開く未来 海底・宇宙で展開、自然災害の予兆把握

私の同僚の香取秀俊・理化学研究所主任研究員(東京大学教授との兼任)は相対精度が10の18乗に及ぶ超高精度の時計を開発している。これは約1000個の原子(セシウムやストロンチウム)をレーザーで作った格子状の井戸の中に閉じ込めて冷却し、高統計・高精度でそのスペクトル線を測定する装置で、光格子時計といわれている。

 一般相対性理論によると、重力ポテンシャルの中では時間の進みが遅い。つまり、地上でも低い場所の方が高い場所よりほんのちょっと時の進みが遅いことになる。そこで、東京都文京区にある東大と埼玉県和光市にある理化学研究所の2つの研究室を光ファイバーで結合し、2つの光格子時計の進みを比較したところ両所の高低差(約15メートル)に対応する差が見られた。

 さらに、東京スカイツリーの天望回廊(高度450メートル)に光格子時計を設置し、地上に置かれたそれとの比較を現在試みている。

 18桁の精度では、例えば建物の廊下を10メートルほど進んで帰っただけで双子効果による時間の進みの差が検出できる。ガモフの「不思議の国のトンプキンス」そのままの「不思議」な世界だ。

 次の目標は、光格子時計を小型・軽量化しさまざまな場所で時間を測定することだ。その場所の高さや重力加速度の長期にわたる測定がかつてないほど高精度で可能になる。特に重要なのは、GPS(衛星利用測位システム)の電波が届かない海底の高さの変化だと私は考える。海底で起こる地震の予兆を捉えることができるかもしれない。

 また、宇宙での測定も重要だ。地殻変動や大気乱流などの外乱が極端に少ないので地上実験に対してより高精度の時間測定の余地がある。これを用いてさまざまなタイプの相対論の検証がより高精度で行われるだろう。その結果としてより高精度の測地座標系が定義できる。

 まずは手始めに、光格子時計を国際宇宙ステーションに設置する検討を理化学研究所とJAXA(宇宙航空研究開発機構)の有志で始めている。そこでの技術実証は、超高精度測地や衛星軌道決定、惑星間空間に展開した大規模な重力波アンテナ、もしくは光干渉計のネットワークへの実現への第一歩だ。18世紀以来、時を制するものは海を制してきた。21世紀は、時を制するものが宙(そら)を制するかもしれない。

フジサンケイビジネスアイ 2019年4月25日
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自然災害多発で高まる必要性、求められる本格的な病院船

 病院船とは戦争や大災害の現場で、傷病者に対して医療サービスを提供するための船舶である。2回の世界大戦においては、客船を改造した病院船が活躍した。現在はアメリカ海軍の病院船マーシーが有名である。タンカーを改造してできたマーシーは排水量6万9360トン、1000病床、12の手術室を有する堂々たる総合病院である。コンピューター断層撮影装置(CT)や超音波検査装置など最新の診断装置を備え、各種の医療用ガス、真水(1日281トン)を生産する能力を持つ。2004年に発生したインドネシア・スマトラ島沖地震による津波災害の救援に派遣され、多くの人命を救う活躍をした。特に、CTなどの検査装置が、的確な診断に威力を発揮したとされている。

 日本においては、太平洋戦争時に氷川丸が病院船として活動した。戦後、自衛隊は病院船を持っていないが、輸送艦・護衛艦に「野外手術システム」を搭載することで高度な医療機能を確保するとされている。日本においても本格的な病院船の導入を求める声は繰り返し起こっている。1998年には山中燁子衆議院議員(当時)が国会予算委員会で、(1)大災害時の救急医療(2)離島の巡回医療(3)アジアへの貢献-に資するための「多目的病院船」の導入を提案している。

 また、東日本大震災による津波大災害を受けて2011年に、「災害時多目的船に関する検討会」が内閣府に組織され、翌年に報告書をまとめている。その結論は、費用がかかること、被災地付近への展開に時間がかかること、地震・津波による港湾被害のために病院船への搬送に問題があること、離島への巡回医療としては設備が過大であること、などから専用の病院船というよりは、上記の「野外手術システム」の既存艦船への搭載で十分とする内容となっている。

 しかし、わが国における病院船の必要性は、近年増大している。18年は台風が連続して日本列島を襲い繰り返し深刻な水害を起こしている。インドネシアは2回も甚大な津波被害に見舞われた。私見では、これらは太陽活動の不活発化による小氷河期の到来によるものである。小氷河期においては、ジェット気流の蛇行が頻発し、極端な気候が常態化する。火山噴火や地震も多い。したがって、このような大災害頻発状態は、今後少なくとも10年、長くて100年続くと覚悟しなければならない。日本が連携をより強めるアジア・太平洋地域全体を見ると、常にどこかで病院船を必要とする大災害が発生していることになろう。

 もちろん、病院船のデザインと運用について一層の工夫が必要である。被災地からの患者輸送を円滑にするために、ヘリコプターやエア・クッション型揚陸艇の運用能力の強化が重要である。ヘリ空母や揚陸艦機能を備えた艦船との一体運用も視野に入れるべきだ。逆に、これらの既存艦艇への病院機能の拡大という現在の方向性も強化すべきだろう。少なくとも、1988年に導入された現在の野外手術システムの機器の更新・充実は必須だと思われる。

 大災害の経験から、発生後3日目ぐらいから備蓄していた燃料が底をつき、活動に支障が出ることが指摘されている。この時期に自前の燃料を持ち、自力展開して活動できる医療チームが参加することは重要である。港湾の事業継続計画や日本医師会の災害医療チーム(JMAT)と連携し、円滑で万全な救援・医療体制がとられることを望んでいる。

2019年2月27日 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説
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インドネシア地震の津波災害 ひとごとではない東京との類似性

今年9月28日、インドネシア・スラウェシ島でマグニチュード7.5の地震が発生した。それに伴って、島中部に位置する中スラウェシ州の州都パルの町を波高6~10メートルの津波が襲い、2000人を超える犠牲者を生む大災害を引き起こした。パル湾を南北に走るパル・コロ断層の横ずれが地震の原因であり、当初あまり大きな津波が発生するとは考えられていなかった。

 パルは南北に伸びるパル湾の湾奥に位置している。湾口部および湾内で発生した同時多発海底地滑りが、その原因ではないかと推定されている。実際、地上でも、傾き1度程度の緩斜面が1キロ以上移動するという大規模な地滑りが発生している。同様の地滑りが、湾内海底に大量に堆積した軟弱な地層に発生したことは容易に想像できる。

 パルは、パル湾奥に位置し、パル川が運ぶ土砂が堆積した軟弱地盤の上に位置している。東京湾奥に位置し、荒川・江戸川が運ぶ土砂が堆積した軟弱地盤の上に建設されている東京との類似性が顕著である。

 同様の地震が発生したとき、湾内海底およびデルタ地帯に、同様の大規模な地滑りが東京で起こらないと誰が言えるだろうか。実際、1923年の関東地震(いわゆる関東大震災)では、相模湾および東京湾口部において大きな水深変化や海底電線の切断が記録されており、大規模な海底地滑りが発生していた可能性が高い。

 このときの津波で静岡・熱海の町が壊滅的な被害を受けている。一方、東京湾口部における地滑りは比較的小規模で、東京湾内はで2メートル以下の波高にとどまった。想定されている次回の関東地震で、東京湾内の津波波高がその程度でとどまる保証はどこにあるだろうか。

 日本の人口の1割以上が居住し、産業インフラが集中する東京湾岸域の重要性を考えると、日本がスラウェシ島地震の教訓から学ぶことは多い。

 まず、パルにおける海底地質調査を徹底的に行って、津波の発生と伝搬のメカニズムを明らかにする必要がある。特に、地滑りによる海底地形の変化を特定するとともに、海底の地層層序をソナーとボーリングによって明らかにする。

 次に、同様の調査を東京湾口部と相模湾で行って、パル湾のそれと比較し、東京湾・相模湾における海底地滑り発生の危険性を評価する。地上においても、荒川・江戸川のデルタ地帯における液状化と緩斜面大規模地滑り発生の可能性も検討する必要がある。

 日本近海の海底地形図を見ると、東京湾・相模湾の他に、伊勢湾伊良湖水道沖の遠州灘・熊野灘や紀伊水道口沖の室戸舟状海盆に至る急傾斜地域に海底地滑りでできたと思われる特徴的な地形を見いだすことができる。

 また、これらの急傾斜海域が、1944年の東南海地震、1946年の南海地震のときの津波波源域と一致している。これらの地域の地滑りによる津波発生の可能性の評価を含めた総合的な対策により、想定される東南海・南海地域巨大地震の被害が最小に抑えられることを切に願っている。
フジサンケイビジネスアイ 2018.12.20 09:30 
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卓越した戦略眼でレーザー技術発展 敬服するノーベル賞受賞者のバイタリティー

今秋、ジェラルド・ムルー氏がノーベル物理学賞を受賞された。受賞理由は、レーザーのチャープパルス増幅法の発明である。この手法を使うことにより、レーザーパルスの継続時間を圧縮し、高強度(ペタワット=10の15乗ワット)を作ることが可能になった。

 ペタワットの強度の実現は、レーザー航跡場加速に道を開いた。ペタワットレーザーパルスの中の電子は、レーザーの横向き電場による運動が相対論的に、つまり速度がほぼ光速になる。このことによる非線形効果のために、高強度パルスがプラズマ中を伝搬すると、強い航跡場がその周りに作られて荷電粒子が効率的に加速される。

 この機構は田島俊樹氏とドーソン氏が1979年に提案したものだったが、それが必要とする高強度パルスを作るすべがなかった。85年のチャープパルス増幅法の開発によりそれが可能になったのだ。

 従来の粒子加速器はマイクロ波と電磁石で作られているために、非常にかさばるもの(数キロメートルサイズ)になっている。レーザー航跡場が作る加速電場は、従来のものに比べて桁違いに大きくできるので、従来の限界を超える粒子加速器を作れる可能性がある。素粒子物理学や相対論などの基礎物理に留まらず、コンパクトな中性子発生源による無侵襲計測や、イメージング、新規な医療用放射性同位元素の製造手法の開発にいたる広範な技術革新の可能性が議論されている。

 ムルー氏は、2012年に米カリフォルニア大アーバイン校の田島氏と協力して、仏パリ工科大学内にIZEST(国際ゼタ・エクサ科学技術センター)を設立し、世界中に存在する高出力レーザー装置に高度な圧縮技術を適用し10の18乗(エクサ)、10の21乗(ゼタ)ワットの超高強度を実現する運動を進めている。また、ヨーロッパにおいては、欧州委員会がチェコ、ルーマニア、ハンガリーの3カ所にExtreme Light Infrastructure(ELI)と称する巨大な高強度レーザー施設を建設中である。この計画の主導者もムルー氏だ。

 東欧に西欧の資金を投入して最先端科学技術の拠点を作り、それをイノベーションの核にして東欧の経済発展を支える。欧州の政治的・経済的要請に自分の夢を重ね合わせるムルー氏の戦略眼とそれを実現するバイタリティーに、敬服するばかりである。

 私がムルー氏にお会いしたのはIZESTの会合でだった。その時、宇宙線観測用に長年開発してきた広角望遠鏡技術の宇宙デブリ問題への適用について悩んでいた。広角望遠鏡でセンチサイズのデブリを発見できるが、十分強いレーザーがなければ、手も足もでない。この悩みをムルー氏にお話ししたところ、「そのレーザーは私が開発する」と即答なさった。一方、ムルー氏の方は、強いレーザーは作れるが宇宙デブリの位置が分からないという悩みを持っておられた。「両者が組めばうまくいく。宇宙デブリ除去ができる」と勇んで共著論文を書いたというわけだ。それ以来とても親しくお付き合いさせていただいている。今回の受賞は本当にうれしい。ムルー氏はノーベル賞にふさわしい真の科学者である。

2018年10月24日 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説
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伊能忠敬:50歳代からの挑戦 前半生の経験と新技術との結合

伊能忠敬は1795年に佐原から江戸に出て幕府天文方の高橋至時に入門し、天文学を本格的に始めた。当時彼は50歳だった。測量においては天測が重要である。例えば、現在のカーナビはGPS衛星を「天測」して自分の位置を割り出す。天文学と測量学、そして暦学は本来一体のものである。
至時らは、最新の天体力学理論を考慮した「寛政暦」を1797年に完成させるが、さらに精度の高い暦を作るためには、地球の半径を知る必要があることに気づいた。例えば、地球の半径は子午線1度の弧長から計算できるが、当時日本で知られていた値には1割以上の差があって信用できなかった。
そこで、至時と忠敬は子午線1度の弧長を自ら実測することを計画する。できるだけ長い子午線弧長と対応する場所の北極星の高度差を測る必要がある。幸いなことに東北日本はほぼ南北に伸びていて、東京と札幌で約8度の緯度差がある。東京から測量と天測をしつつ北海道まで行けばよい。二人は幕府への働きかけを開始する。折から、帝政ロシアの北海道へ訪問が頻繁になり緊張が高まっていた。北海道の正確な測量と地図作成は、幕府の意図と一致していた。困難な交渉の末、1800年4月に北海道への第一次測量隊が出発した。その後の15年間、忠敬は日本全国にわたる9回の測量遠征を行い、日本の科学史に大きな足跡を残した。
至時と忠敬の目論見どおり、地図作成の副産物として、子午線1度の弧長も約110.7kmと決められた。現在、緯度35-41度の子午線1度の弧長は110.9 kmとされている(地球の形が真球ではないので、場所によって違う)。一方、至時と忠敬が幕府と交渉を始めたころ、フランスでは1mの定義のための子午線長測定が進行中だった(1798年完遂)。もともとのメートルの定義にしたがい、地球が完全な球であれば、この値は10000/90≅111.1 kmとなる。これと現在の値との差(0.2 km)を1800年ごろの世界最先端の測量精度と考えてもいいだろう。忠敬の測定精度が当時の世界標準から見て遜色のないものだったことが分かる。
忠敬は17歳で利発さを見込まれて伊能家に婿入りし、佐原村の世話役として村内や幕府との困難な交渉にあたった苦労人だった。また、天明の大飢饉(1782-1788)を乗り越えて、家業を大きくした有能な実業家だった。
彼の偉業は、その前半生で培った経済力、交渉力、統率力と、高橋至時門下で培った測量と天測の最新技術が結合し始めて実行できたものだった。まず、経済力だ。忠敬は第一次測量遠征の費用の約三分の2を個人で支弁している。これを現在の貨幣価値に換算すると二千万円を超えるという。9次にわたる測量遠征は、「隠居の趣味」というには膨大すぎる資金を要したはずだ。次に、交渉能力である。彼の測量日記を読むと、幕府役人との交渉に始まって、旅先での現地役人との馬や人足、隊員のわらじの手配についての交渉経緯が細々と記載されている。苦労が偲ばれる。最後に統率力である。測量は1日40kmも移動しつつ、夜はデータ整理、晴れれば天測を行うという強行日程で行われた。その中で隊員の士気と健康を保つのは容易ではなかったろう。逆に、忠敬が若年時に測量隊長に抜擢されても史実のように測量遠征を実行できたとは思えない。プロジェクト遂行には老獪さも必要なのだ。
今や、50代は思い切った攻めの人生を始めるよい機会である。30、40代は家族に対する責任が重いので、なかなか思い切った決断ができない。ところが今や寿命が延びて、病気にさえならなければ80歳に近くまで元気で仕事ができそうだ。60歳から数えても20年もある。それならもう一仕事できる。一方、IT技術の発達で、新分野の勉強も以前に比べて遥かに容易になった。逆に、世の中の進歩が加速して、たとえ同じ仕事を続けてもかなりの量の勉強を続けなければ、自分の専門知識が陳腐化してしまう。どうせやるなら、世の中で本当に重要だと自分が思うことを正面から攻めてみたいものだ。

2018年8月24日 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説用の原稿

「人工小脳」の衝撃 高制御機能が生産現場を革新

 人間の小脳には、約690億個の神経細胞が存在している。これは、大脳を含めた脳全体の神経細胞数の約80%である。小脳は超並列型万能予測器として機能しているとされている。大脳皮質が出力する大まかな運動指令を過去の経験に基づいて適切に調節し、身体の各パーツが同調して滑らかに動くのを助けている。

 練習すると次第に動きが迅速にかつ滑らかになるのは、小脳が適切な運動の大きさとタイミングを記憶する過程である。視覚や聴覚からのフィードバックを基にする場合、時間遅れのために偏差や振動が発生してしまう。

 一方、小脳は過去に実現したベストパフォーマンスの動きを予測的に出力し、それを基準として「時間遅れなしのフィードバック制御」を疑似的に実現することにより、偏差や振動を補正する。ジャンプ、投球、打撃などの大きな迅速な動きを行う人間の体は、強い非線形を持っている。

 その制御を単純なフィードバックで行うと、多くの場合うまくいかない。非線形のために、一番よい方向にフィードバックが働くとは限らないのだ。小脳はその問題を克服するために生み出されたと思われる。

 人間の小脳は、チンパンジーの小脳に比べて2倍以上の神経細胞を持っている。その数の増加は、道具の使用や言語によるコミュニケーション、高度な認識機能の一部などの人間が人間になるために重要な機能を獲得するために必要だったと考えられる。

 小脳の神経細胞は、数だけは多いものの結合数は大脳のそれに比べてかなり少なく、その結合パターンは単純な繰り返しでできていることが、解剖学的に分かっている。したがって、神経ネットワークの働きを丸ごとそのまま数値シミュレーションすることができる。

 昨年、ネコ小脳に匹敵する小脳神経回路(10億ニューロン)の実時間シミュレーション(人工小脳)が実現され、さらに今年3月にはサル小脳(80億ニューロン)に匹敵する人工小脳が実現された。最近では、小脳と大脳が協力して並列強化学習を行うモデルが提案されている。迅速で滑らかな運動を、自律的に練習して獲得する人間などの高等哺乳類の能力を人工的に実現する技術的なベースが整いつつある。

 人工小脳システムは、これまで人間にしかできなかった作業を担い、人間を長時間の3K労働から解放するだろう。さらには、人間の反応速度をはるかに超えた速度でのきめ細かな制御を可能にして、生産現場の革新に道を開く可能性がある。これは、人口が減少しつつある日本にとって重要な技術である。

 また、人工小脳が実現する高度に自動化された社会において、ハードウエアの信頼性と長寿命化とに対する要求がこれまで以上に高くなると思われる。人工小脳システムは、ハードウエアの非線形性をその再現性の範囲で吸収してくれるが、予期できない動きや突然の故障には対応できないからだ。

 高信頼性のハードウエアを大量に安価に作る能力を次世代の日本人が持ち続けることができれば、日本の将来は明るいだろう。

2018年6月22日 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説
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発見のY学問と完成導くS学問 AIで進展、学術と芸術の融合

 学問の名前にはYで終わるものとSで終わるものがあることを私に教えたのは天文学者の小平圭一先生だった。前者はAstronomy(天文学)、Geology(地質学)、Biology(生物学)、Chemistry(化学)、Phylogeny(進化学)、Geography(地理学)など。後者はPhysics(物理学)、Mathematics(数学)、Genetics(遺伝学)、Statistics(統計学)などである。

 前者は、発見の学問であり、対象物を分類し記載する。新種を発見し記載することが最も称賛される。Y学問の研究者は、他との違いを強調する傾向があり、体系化を本能的に嫌う。物理学者のアーネスト・ラザフォード氏が「切手収集」と揶揄(やゆ)したように、趣味の世界との境界は曖昧である。

 一方、S学問は、体系化の学問であり、対象物の性質を少数の仮定と方程式により説明することを目標とし、数学との相性が良い。S学問の研究者は、対象物同士の小異を捨て大同を大事にする要素還元主義者である。Y学者からは、「無味乾燥」、「帝国主義」と批判される。確かに、S学問が確立してしまった分野の変化は簡単ではなく、しばらく進歩は止まってしまう。むしろ産業への応用が大事になってゆく。

 学問分野は、Y学問により探検、開拓され、S学問によって体系化されて完成を見るという発展形態をとることが多い。20世紀の前半は、19世紀後半に得られたY学問的知見を元に、天文学と化学の物理学による体系化が進行した。

 物理学を応用した観測・測定手段が天文学と化学のフロンティアを広げた。分光、電波や紫外線、エックス線などの新しい測定手段により、新種の天体、化合物、反応経路が発見され、Y学問としての側面も活発だったのが化学と天文学だった。一方で生物学と地球科学の体系化は20世紀の間はあまり進行しなかった。

 20世紀後半には、天文学、化学における変化は一段落した。代わって生物学が分子生物学を中心に華やかに進歩した。

 しかし、21世紀になって、状況が次第に変わりつつある。

 まず、生物や地球は諸量が非線形に強度に相関する系であり、そのようないわゆる複雑系を記述する手法が20世紀中はまだ未発達だった。ところが、20世紀の終わりに、それらを取り扱う手法が複雑系科学や非線形物理、素粒子物理学の分野で急速に発達し、コンピューターの発達で大規模なシミュレーションが可能になった。それらを適用することにより、非線形系のふるまいを理解し、記述することが可能になりつつある。

 また、地球に関しては、20世紀後半になって、人工衛星を用いた全球スケールの観測が行われ、数十年の蓄積を得た。さらに、生物に関しては、主なモデル生物の全ゲノム配列が解読されて、種同士の関係や、遺伝子(群)の進化が定量的に議論されるようになった。

 もちろん、これらの新データの蓄積は、物理学から派生した各種のセンサーの発達による。約50年の手法開発とデータ蓄積の準備期間を経て、21世紀前半は、物理学(Physics)と遺伝学(Genetics)をはじめとするS学問が、地球科学や生物学を体系化する過程にあるといえる。

 さらに現在、人間の脳の解剖学的データと結合情報のデータ蓄積が急速に進みつつある。これらを用いた人間全脳の実時間・超実時間シミュレーションが近い将来実現する。また、文学作品や音楽作品を作り出す人工知能(AI)が実現するだろう。これらを元に心理学(psychology)、哲学(philosophy)、音楽論(music theory)、文学論(literary theory)などのY学問のS学問的な体系化が始まろうとしている。

 学問と芸術が混ざり合った、かつてない時代にわれわれは突入しようとしている。

フジサンケイビジネスアイ
高論卓説2018年5月1日 許可を得て転載

太陽活動弱い時期は政変多く 大変な50年の始まり、戦乱に備えよ

 太陽の磁気活動は、約11年の周期で増減している。その振幅は常に変動している。例えば1645~1715年はほとんど黒点が観測されなかったので、マウンダー極小期と呼ばれている。そのほかにも1280~1340年のウォルフ極小期、1450~1570年のシュペーラー極小期、1790~1820年のダルトン極小期などが知られている。
 1870年ごろから1930年にかけては極小期ほどではないが、太陽活動があまり活発でなかった。しかし、1940年ごろから2000年にかけて非常に活発化した。その後急速に弱化して今に至っている。2013年ごろピークを迎えたサイクル24は、1906年以来の弱さだった。専門家はこのままダルトン極小期のような状態に入るのではないかと心配している。
 太陽活動の弱い時期は、地球の気候は平均気温が少し(1~2度)低い小氷期になることが経験的に知られている。また、小氷期においては気候変動の振れ幅が大きく、異常気象の連続が常態になる。「50年に1度」の記録的異常気象が頻発する現在の状況は、既に小氷期に入りかけていることを示唆している可能性がある。
 なぜ、太陽活動が地球の気候に影響を与えるのかはあまりよく分かっていない。太陽風が弱いと太陽から吹くプラズマの風(太陽風)が弱いため、太陽圏が収縮する。このため、太陽系外からの高エネルギー宇宙線が浸入しやすくなり、地球の雲に覆われる面積に影響を与えるためではないかと考えられている。
 雲は白いので、雲の被覆率が多いと地球が受け取る太陽熱が減る。ただし、雲の形成過程は複雑でまだ分からないことが多く、専門家の間でまだ議論が続いている。
  太陽活動極小期(小氷期)には、天候が不順で飢饉(ききん)が頻発し、戦乱も多い。例えば日本の戦国時代(1467~1587年)はほぼシュペーラー極小期に対応している。ウォルフ極小期に入る直前の1279年にモンゴルの南下と南宋の滅亡が、マウンダー極小期に入る直前の1644年には清の南下と明の滅亡が、ダルトン極小期開始直前の1789年にフランス革命が起こっている。
 特に、現在のように極小期に入る直前は、大規模な政変が起こることが多い。東アジアにおいては、朝鮮半島北部、中国東北部、モンゴル平原の民族が南下して大規模な戦乱が続く。この点でも現在の東アジアの政治的状況に符合する向きがないこともない。
 日本および世界の指導者は「衣食足りて礼節を知る」幸せな50年が終わり、「衣食が足りないので礼節は知らない」大変な50年が始まることを認識し、食糧の備蓄をしっかり行い、東アジアおよび世界規模の戦乱に備える必要がある。

フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 2018年2月23日 許可を得て転載

地球ができた「冥王代」の自然原子炉 原初的な生命育んだ「ゆりかご」

 地球化学者、黒田和夫が地球に自然原子炉が存在する可能性があると予言したのは1956年のことだった。それから16年たった72年に中央アフリカのガボン共和国オクロで、約20億年前に活動していた自然原子炉の化石が発見された。高品位のウラン鉱床の一部に、核分裂するウラン235の濃度が特異的に少なく、核分裂生成物が存在する場所が発見されたのである。

 その解析から、連鎖反応が30分維持され、2時間半ほど休止することを繰り返す活動を15万年ほど続けたらしい。同様の自然原子炉跡がその近くに16カ所見つかっている。現在、地球上に自然原子炉はない。それは、核分裂炉の燃料となるウラン235の濃度がウラン全体の約0.7%しかないからである。

 核分裂の連鎖反応には、少なくともウラン235の濃度が1%以上ある必要があり、その人工的な実現には、それを濃縮する「マンハッタン計画」を必要とした。しかしウラン235の半減期は、核分裂しにくいウラン238より短いので、過去に遡(さかのぼ)るほどウラン235の濃度が高かったはずである。

 オクロの自然原子炉跡が活動していた20億年前は、ウラン235の濃度が3.5%もあり、人工濃縮なしでも、高品位のウラン鉱床と減速材である水さえあれば、核分裂連鎖反応が可能だった。さらに遡って地球ができたばかりの「冥王代(40億~46億年前)」では、ウラン235の割合が20%を超えていた。自然原子炉によって駆動される間欠泉が現在の温泉並みに普通に存在していたと思われる。

 われわれは、このような自然原子炉が原初的な生命を育んだ「ゆりかご」だったと考えている。生命構成分子であるアミノ酸や核酸塩基を無機物である水や二酸化炭素(CO2)、リン酸などから「非生物的に」作るためには、非熱的なエネルギー源が必要である。

 自然原子炉が放射する電離放射線は、強い化学作用を持っている。つまり、CO2や水を、反応性の高い物質に変える。それらの反応によりシアン化水素やホルムアルデヒドが作られ、さらにグリセルアルデヒドなどを経由して、アミノ酸や核酸塩基などが非生物的に作られることが実験的に示されている。誕生直後の原初生命は、原子炉間欠泉から供給されるこれらの化学物質に依存していたと考えられる。

 今思い返せば、世界で初めてアミノ酸を非生物的に合成した「ユーリー・ミラーの実験」は、高圧放電による大量の非熱的電子を用いた点で、原子炉からの電離放射線の効果を模したものだったと理解できる。原始大気における落雷や原始太陽からの紫外線のエネルギー密度は、ユリー・ミラーが用いた放電のエネルギー密度に遠く及ばない。それが実現できる環境は、地球冥王代の表層には普遍的に存在したはずの自然原子炉周辺のみである。

 冥王代の原初地殻は、マグマ海から直接析出した。そこには地下深くにあるマントル物質に取り込まれにくいウラン、トリウム、カリウム、リンなどの元素が数千倍濃縮されていた。原初生命を生み出したスープは、ウランやトリウムの他にカリウムやリンを多く含んでいたはずである。現生生物の細胞質に、カリウムやリンが高濃度に含まれている事実は、この点を反映したものかもしれない。

 自然原子炉が豊富に供給するグリセルアルデヒドにリン酸が結合したグリセルアルデヒドリン酸は、嫌気的解糖系の報酬期回路の出発物質である。この反応回路は、最終的にはアセチルCoAを経由してクエン酸回路や脂質合成回路につながっており、全ての生化学反応の要となっている。また、植物では、グリセルアルデヒドリン酸が葉緑体における光合成でも生成され、糖などの代謝産物やエネルギーの合成に使われる。これらは、生命が自然原子炉に依存していた時代の名残なのかもしれない。

2017.12.25 フジサンケイビジネスアイ 許可を得て転載

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