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海上低層雲による気候変動緩衝

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戎崎(戎崎2023)は、地球の気候が海上低層雲の雲アルベド効果による緩衝により強く安定化されていることを明らかにした。海上低層雲は、海水面温度が低い大陸西岸沖の海洋上にできる表面境界層(雲冠表面境界層)の上部を覆って広がっている。低層雲の存在は、その可視光に対する高いアルベドと、赤外線領域における強い放射冷却で、地球の熱収支を冷却側に強く傾ける。

左図に示すように、温室効果ガスの濃度の増加に伴う温暖化は、対流圏・成層圏界面に始まって次第に地上(海上)に波及するが、その過程で低層雲の雲頂に存在する気温逆転層を強化するため、低層雲の消散を防ぎ、新しい雲冠境界層の発生を誘起し、低層雲の被覆率を上げる(右図a)。この効果で温暖化の大部分は緩衝され、緩衝される。

これまでは、気温逆転層を考慮せず、温暖化ガス濃度の上昇に伴う対流圏・成層圏海面の上昇に合せて、海水面温度を機械的に上昇させていたために、むしろ低層雲の被覆率が減少すると誤って考えられていた(右図b)。

雲冠境界層の生成消滅を正しく数値シミュレーションするには、鉛直方向の格子間隔は数メートル程度に密に撮らなければならない。ところが、これまで全球気候変動モデルは、最も高精度のものでも鉛直方向の格子間隔が100メートルを超えていた。このため、低層雲の被覆率を正しく表現できなかった(Duynkerke and Teixeria 2001; Siebesma et al. 2004; Nam et al. 2012; Caldwell et al. 2013; Su et al. 2013; Koshiro et al. 2018; Lauer and Hamilton 2013)。

対流圏で放射対流平衡に至るまでの数時間~1日の時間スケールで起こるこのような変化を考慮して温室効果ガスの増加による気温上昇を評価すると、地上(海上)の温暖化が、考慮しないときに比べて少なくとも約3分の1になることが分かった。二酸化炭素濃度の倍増に対して、地球の平均気温の上昇量はManabe and Wetherald (1975)が主張する2.93Kになることはなく、0.98K以下に留まる。このことは、海洋が持つ緩衝効果により地球の気候が強く安定化されていることを示している。多くのの学者が心配する二酸化炭素濃度の増加により雲が減り温暖化がさらに進行するという「暴走的温暖化」は、地球に海洋が存在する限り心配する必要はないことがあきらかになった。

1)戎崎俊一、2023、海上低層雲による気候変動緩衝、TEN (Tsunami, Earth, and Networking), 4, 52-67.
2) 6)Duynkerke, P. G., and J. Teixeira, 2001: Comparison of the ECMWF reanalysis with FIRE I observations, Diurnal variation of marine stratocumulus. J. Climate, 14, 1466‒1478.
3) 48)Siebesma, A. P., C. Jakob, G. Lenderink, R. A. J. Neggers, J. Teixera, E. Van Meijgaard, J. Calvo, A. Chlond, H. Grenier, C. Jones, M. Köhler, H. Kitagawa, P. Marquet, A. P. Lock, F. Müller, D. Olmeda, and C. Serverijns, 2004: Cloud representation in generalcirculation models over the northern Pacific Ocean: A EUROCS intercomparison study. Quart. J. Roy. Meteor. Soc., 130, 3245‒3267.
4) 36)Nam, C., S. Bony, J.-L. Dufresne, and H. Chepfer, 2012, The too few, too bright tropical low-cloud problem in CMIP5 models. Geophys. Res. Lett., 39, L21801.
5) Caldwell, P.M., Y. Zhang, and S. A. Klein, 2013, CMIP3 subtropical stratocumulus cloud feedback interpreted through a mixed-layer model. J. Climate, 26, 1607–1625.
6) Su, H., J. H. Jiang, C. Zhai, V. S. Perun, J. T. Shen, A. D. Del Genio, L. S. Nazarenko, L. J. Donner, L. W. Horowitz, C. J. Seman, C. J. Morcrette, J. Petch, M. A. Ringer, J. Cole, M. d. S. Mesquita, T. Iversen, J. E. Kristjansson, A. Gettelman, L. D. Rotstayn, S. J. Jeffrey, J.-L. Dufresne, M. Watanabe, H. Kawai, T. Koshiro, T. Wu, E. M. Volodin, T. L’Ecuyer, J. Teixeira, and G. L. Stephens, 2013: Diagnosis of regimedependent cloud simulation errors in CMIP5 models using “A-Train” satellite observations and reanalysis data. J. Geophys. Res.: Atmos., 118, 2762–2780.
7) Koshiro, T., M. Shiotani, H. Kawai, and S. Yukimoto, 2018, Evaluation of relationships between subtropical marine low stratiform cloudiness and estimated inversion strength in CMIP5 models using the satellite simulator package COSP. SOLA, 14, 25–32.
8) Lauer, A., and K. Hamilton, 2013: Simulating clouds with global climate models: A comparison of CMIP5 results with CMIP3 and satellite data. J. Climate, 26, 3823–1123 3845.
9)Manabe, S. and Weatheraid, 1975, The effects of doubling CO2 concentration on the climate of a general circulation model, 32, 3-15.

日本への水田稲作の伝搬: 環東シナ海文化圏仮説

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日本人は、温暖湿潤な日本列島に居住し、代々水田で稲を作って暮らしてきた。その影響は、日本人の生活と文化に深く根差している。水田稲作自身は約10000年前ごろ、中国の長江流域で始まった。従来,水田稲作の伝搬経路に関しては、長江流域で始まった水田稲作が北上して山東半島まで到達し、その後遼東半島,韓半島を経由して日本に到達したという仮説(宮川2017;以後宮川説と呼ぶ)が有力とされてきた。しかし、1) 弥生時代の開始時期が500年早まった、2) 4.2kyrイベントによる寒冷化で水田稲作の北限が南下した、3) 紀元前10世紀ごろに韓半島南部における水田稲作の証拠がない、の三点で成り立たなくなった。

戎崎(2022)は、宮川仮説の問題点を克服した環東シナ海文化圏仮説を提案した(図)。彼は、東アジアにおける農耕領域の拡大は以下の4段階で進んだと考えた。
A)ヒプシサーマル期 (7000-5000BP)。粟と黍を中心とした畑作が韓半島に広がった。
B)ヒプシサーマル後の温暖期 (5000-4200BP)。水田稲作が長江下流域から海岸にそって山東半島まで北上した。水田耕作が不可能な乾燥地帯でも畑作の輪作体系に稲が取り入れられた。
C)4200-4000BPごろの寒冷期。寒冷化と乾燥化のため、東アジア北部(遼東、遼西、内モンゴル地域)では牧畜が不可能になり遊牧民が南下し、玉突き式に農耕民族が南下して長江流域に流れ込み、越(倭)人の民族となった。
D)3200-3000BPごろに再び寒冷期となった。北方民族の南下により越(倭)人系の民族が長江上流(西)、華南・台湾(南)、そして日本の九州と韓半島南部(東)に広がった。

BC10世紀ごろに越(倭)人系民族により環東シナ海文化圏が成立したとすると、当時圧倒的な先進地域であった長江下流域からの九州、そして韓半島南部への文化伝搬が稲作とともに進んだと考えられる。この環東シナ海文化圏は、支石墓、石包丁の分布、古人骨の人類学的特徴、そして東アジアの在来種稲のゲノム解析と整合的である。

Robbeets et al. (2021)は,古人骨の遺伝子解析、考古学、そして言語学の知識を組み合わせて、東アジアにおける民族と文化の伝搬を議論した。彼らは、東北アジア(中国東北部、韓半島、日本列島)の言語、考古資料、そして遺伝子の分布は、中国東北部の農民が遼西・遼東地方を通過して韓半島を南下し九州に到達したと考えると説明できるとしている。この動きは,本稿で提案した農耕の第一および第二段階,そして紀元前5世紀以降に本格化する中国東北部からの青銅器・鉄器文明を持った民族の韓半島と日本列島への移民と文化流入の流れを表していると考えられる。

しかし,約1200年続く弥生時代を一緒くたにして青銅器時代とし、紀元前1世紀ごろの人骨のみを使って弥生時代を代表させたために、紀元前10世紀ごろに起こった中国長江下流域からの水田稲作の伝搬という重要なイベントを見逃すことになった。

現状の弥生時代は長すぎる。環東シナ海文化圏の影響が顕著で金属の生産への使用が本格化していない前半と、中国東北部から韓半島を経由して流れ込む金属器文明が顕著となる後半に分けて議論するべきである。実際そのような提案が複数なされている(例えば,藤尾2021)。

1) 戎崎俊一 (2022), TEN, 4, 101-119
2) 藤尾慎一郎, 2021, 日本の先史時代, 中央公論社, 46-47
3) 宮川一夫, 2018, 弥生時代開始期の実年代再論, 考古学雑誌, 1-27
4) Robbeets, M. et al. 2021, Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages, Nature, 10, 1-6

水中核爆発による津波について

ロシアが開発中の核魚雷ポセイドン(約5Mt)による津波のことが巷で話題になっているようなので、定量的に評価してみた。水中核爆発の場合、発生したエネルギーは大部分水の気化に使われる。水が蒸発で失われる半径Rは、

R=(3E/4πU)^(1/3)=78 [m](E/TNTMt)^(1/3)

と評価できる。ここで、E は爆発エネルギー、U=2.5x10^9 J/m^3は、1立方メートルの水を蒸発するのに必要な気化エネルギーである。このサイズ泡ができ、それが上空に抜けると、それを埋め合わせるように周りから水が流れ込んでくる。Mtクラスの核爆発が水中で起こると、その直上の水面に、半径約100 m、高さ約100 mの波が立つことになる。

これが円環上に広がりつつ海面を伝搬してゆく。その高さは伝搬距離に反比例して小さくなる。つまり、波高hは、以下のように書き表せる。

h=6.1 [m](D/1km)^(-1)(E/TNTMt)^(2/3)

ここで、Dは爆心からの水平距離である。5Mtの場合、1kmの距離で約18m、10kmの距離で約1.8mの高さとなる。距離10kmで通常の防波堤で対応可能(ほぼ安全)な津波波高となる。もちろん、海岸近くでは、地形効果による増幅も考慮しなければならない。

水中爆発では、核の灰(放射性の核分裂生成物、ストロンチウム90、セシウム137、ヨウ素129、131)の大部分が水中に捕獲されるので、空中に放出され風に乗って広範囲に広がる成分が相当減る。また、水中の核の灰は急速(1週間程度)に微生物の体内に取り込まれて、水底に落下し、水中から取り除かれる。これらのことを考えると、同じ規模の爆発ならば水中核爆発の方が空中爆発よりもずっと被害が少ないかもしれない。

核爆発は恐ろしいが、核魚雷の水中爆発をことさら恐れる必要はない。

坂本龍一&吉永小百合が反戦訴え「みんなで絶対にダメだと言ってあらがえばよい状況になる」

吉永小百合さんが出演し、大ヒットした映画「キューポラのある街」(1962年製作)は、最後の方で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を「地上の楽園」と賛美しつつ、彼女が扮する主人公の友人の朝鮮人家族が船に乗って北帰するシーンで終わっている。すぐに続編が作られ、日本に残った上記朝鮮人家族の日本人妻を北帰するよう吉永さんが扮する主人公が説得するシーンもあるという(戎崎は見ていない)。

在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業は、1989年まで続いており、家族とともに北朝鮮に渡った日本国籍者は数千人に登るという。その中にはこの映画を見て決意した方も多かったのではないだろうか。その大部分は、日本国籍者として迫害され大変苦労したという。北朝鮮は「地上の楽園」などではけっしてなかった。そのプロパガンダに乗った映画をよく調べもせずに製作した関係者の責任は重いと思う。

吉永さんは当時まだ未成年であり、この点についての責任を彼女に問うつもはない。しかし、すでに責任ある社会人となり、大女優として尊敬される立場になった今、このことについて口を噤んだまま、平和を語るのはいかがなものだろうか?

映画の中で彼女(が扮した主人公)が賛美した北朝鮮は、今この時、戦後約70年間少なくとも平和に暮らしてきた日本人に罵詈雑言を浴びせ、繰り返しミサイルを発射して核攻撃をすると脅している。傘下の人民をひどく搾取・迫害していることも、すでに多くの報告書で明らかになっている。平和を語るなら、このような平和の破壊者に、心ならずも協力してしまった自分を総括することから始めるのが筋ではないかと私は思う。

https://www.nikkansports.com/.../202203260001118.html...

SARS-CoV-2ウィルスのRNA修飾が宿主細胞の免疫反応を抑制している

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Li et al. (2021)によると、SARS-CoV-2ウィルスのゲノムは、RNA3'末端領域が強くN6-methylation of Adenosine (m6A)修飾を受けており、これによってウィルス感染による宿主細胞の免疫反応を回避している。

彼らは、宿主細胞のm6Aメチル基転移酵素であるMETLL3を減少させると、SARS-CoV-2ウィルスのRNAのm6A修飾が減少し、RIG-Iタンパク分子のRNA分子への結合が増加し、その下流の免疫回路と炎症反応遺伝子の発現を活発化させることを見出した。

この発見はウィルスゲノムのエピゲノミクスの変化が、ウィルスの感染性に大きな影響を与える可能性を示唆している。

Li, N et al. 2021, METTL3 regulates viral m6A modification and host cell innate immune responses during SARS-CoV-2 infection, Cell Reports, 35, 109091.

阿部詩さんおめでとう:今、女子柔道が面白い

阿部詩さんが女子柔道52kg級で金メダルをとった。彼女が決勝で一本を取った抑え込みは非常に特殊な入り方をしていた。この試合の前半でも狙っていた。一回目は、相手にまだ体力があったから逃げられたが、二回目は相手の体力が尽きて押し切れた。柔道、特に寝技はスタミナ勝負の面がある。

相手は、足取りや肩車に低く来て、そのまま寝技に引き込まれて時間をロスするなど苦手としていた選手だったようだ。その問題を克服するために寝技を磨き上げた。それにしても、オリンピックの檜舞台で難敵相手にこの技を決めるためには、ものすごい量の練習が必要だったはずだ。詩さんの「努力がやっと報われた」というコメントは千金の重みがある。おめでとう。

調べてみると、詩さんが使った抑え込み技は、舟久保遥香という女子選手が17歳(当時高校生!)のときに発明した技で、「船久保固め」といういう新技らしい。

この技の特徴は、まずその入り方にもある。高専柔道の「腹包み」の応用だ。まず相手の襟を掴む(立ち技の連続ですでに持っている場合が多い)、次に、もう一つの手で腹の向こう側の胴着の端を下から掴む。これらの準備の後、腹ばいの相手を後ろ方向に崩して、相手の体をまたぎ、反対側で肩の下に自分の頭をおいて、固めに移行する。

もう一つの特徴である固めの形態では、相手が胴着で縦横に縛られ、さらに体の動きの急所である首が押し上げられ、身動きできない(多分極まると息もできなくなる)。抑えの原理は縦四方固めに近いが、馬乗りにならないので、かえって始末が悪い。じたばたしても相手の体は自分の脇下あたりに位置しているので力が伝わらないのだ。最小の準備で入れる迅速さと決まったら絶対に逃げられない完全さを併せ持つ恐ろしい抑え技だ。

船久保さんの試合のビデオをみると、縦四方固めに移行するなど色々な変化があり極めて興味深い。船久保さんはまだ20歳。すさまじい逸材だ。
https://www.youtube.com/watch?v=eEWn4g0_KwU

日本の女子柔道は、寝技中心の高専柔道の技を取り込み独自の進化を遂げつつある。きわめて興味深い。

余談になるがに、阿部詩さんのお兄ちゃん一二三さんが金メダルを決めた技は、「袖つり込み大外刈り」ともいうべき技だ。教科書にはない。彼の独創だろう。彼の後輩がコメントしている。
https://togetter.com/li/1749986

メディアも、兄妹同時受賞を報道するだけでは能がないと思う。この二人がどれだけの努力して、この1年を過ごし、独創的な技を複数用意して、この結果にたどり着いたことをきちんと説明すればもっと面白い記事になると思う。

2021年7月26日

暖房の活発化によるコロナ感染症拡大を防げ

これから寒くなるにつれて暖房が活発化し、日本でもコロナ感染が再び広がる懸念があります。暖房で相対湿度が下がると、口鼻からの唾液滴が乾燥が急速に水分を失うため、一部のウィルスが活性を維持したまま、空気中に滞留し、感染につながる可能性があります。

このような「空気感染」に対する対策は以下の4つが考えられます。

1)換気する。
2)常時マスクを着用する。
3)室内の相対湿度を50%以上に保つ。
4)空気清浄機でウィルスを不活性化する。

私の部屋で実験していますが、電気屋さんで買えるような加湿器では、部屋の湿度数%以上上げることはできないようです。そうすると、残りの1,2,4に心がけることになります。

セントラルヒーティングで暖房している大きなビルが問題です。窓を開けるなど積極的な換気を心がけるべきです。

また、オフィスなどでは、暖房を控えめ(結果として、部屋の相対湿度が高めになる)にして、マスクの装着を引き続き奨励すべきです。

根本的な対策は最後の4かもしれません。乾燥ウィルス粒子が、室内に蓄積することが問題なので、それをフィルターで取り去るか、紫外線や光触媒で完全に不活性化するわけです。

加湿器・空気清浄機の普及率は日本はダントツに高い(花粉症のおかげ)ので、日本の第6波は、諸外国に比べて弱いかもしれません。

ウィルスと相対湿度:この冬をどう過ごすか

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呼吸器疾患を起こす病原体(細菌やウィルス)の活性維持能力(viability)は、環境の相対湿度に強く依存します。上図は横軸に相対湿度、縦軸に活性維持能力を取った模式的な図です。細菌は、相対湿度が下がるにつれて、活性維持能力が落ちてきますが、ウィルスは、相対湿度が50-80%のところに活性維持能力の極小があり、そこから相対湿度が増えても、減っても活性維持能力が増加することが知られています。ただし、ウィルスによってその特性曲線の形かなり違うらしいことがわかっています。

呼吸系疾患の病原体は、感染者の口から会話、発声、咳、くしゃみなどの際に排出される唾液滴の中に入っています。それが活性を保ったまま新しい宿主の呼吸器にたどり着くと感染が起こります。この唾液の水滴は空気中で水分を失いますが、その速度は周りの相対湿度で決まります。相対湿度が100%に近いと、唾液滴の水分が長時間保たれるために、その中の病原体が長期にわたって活性を維持します。細菌の場合は、水分がなくなると唾液滴内の塩分濃度などが急上昇して、死んでしまうので相対湿度が低くなると一方的に活性維持能力が低下します。これはよくわかります。

ウィルスも100%から相対湿度が減ると一旦は活性維持能力が減ります。これは上記と同じです。しかし謎なのは、相対湿度が50%を切ると、再び活性維持能力が増加することです。多分、瞬間的に乾燥してしまうと、それなりに安定化するウィルス粒子が少数ながら存在するのでしょう。これらが新しい宿主の呼吸器に入って水を得ると、活性を復活するのではないでしょうか?このような乾燥安定化ウィルス粒子が、相対湿度が低いところでの活性維持能力の増加に寄与しているのかもしれません。

Covid-19ウィルスの相対湿度特性は、まだよくわかっていません。今後これをきちんと測定する必要があります。変異株によっても違いがある可能性があります。少なくともデルタ株は、湿度100%に近い環境に適応した感染経路を持っているようです。冬になって、より乾燥した環境にデルタ株がどう反応するかを注視する必要があります。

また、ウィルスの感染性は気温にも強く相関します。気温が低いと我々の呼吸器の表面の粘膜の粘性が上がって、異物の排出による防御機構が崩壊します。気温は15℃程度に保つのが防御機構の維持には重要です。

これらの情報をもとに、私は以下のように行動したいと考えています。

1)機会があれば早期に三回目のワクチン接種を受ける。

2)外気温が下がれば暖房を使い室温が15℃以下にならないように気を付ける。ただし、湿度に注意し、相対湿度が60%を切らないようにする。

3)エアコンの気流は控えめに設定する。また、エアコンからの暖風(相対湿度が非常に低いと想定される)が体に直接当たらないような工夫をする。

4)複数人が一つの部屋に滞在するときには、各自マスクを必ず着用する。また、適切な換気を心掛ける。さらに、ウレタンマスクは使わない。最後に、ウレタンマスクを装着した人のそばには近づかない。

5)外出時は、マスクを常時つけて、呼吸器の保温と保湿に務める。また、ビタミンCを多めに取り。呼吸器の防御機能維持に努める。

よく考えると、大部分は日本人が昔からやってきた冬の風邪対策そのままです。今年の冬もこれをより入念に行えば良いということです。

ではお大事に。

布マスクの感染防止能力

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理研の同僚の和田智之さんのチームのすばらしい研究成果を報告します。

彼らはレーザーを使ってマスクを透過するマイクロ飛沫の数を測定しました。その結果、ウレタンマスクは、マスクなしの場合とほとんど変わらない場合がある一方で、不織布マスク、布マスクはサージカルマスク(N95やKF94)とほぼ同等のフィルター性能を持つ(ほとんど飛沫が透過しない)ことが確認されました。水分を多く含んだ飛沫のフィルター性能には、マスク素材の吸湿性が大きな影響を与えるということでしょう。冷感素材は、一般に吸湿性が低いものが多いので注意が必要です。

別途、富岳を使ったコンピュータシミュレーションで、布マスクのフィルター性能が、不織布マスクに対してかなり劣るとの結果が発表されてマスコミ等で流布されております。ただし、この差はコンピュータシミュレーションで用いた飛沫の布地への付着確率の値が不適当であったためと思われます。今回の和田さんらの研究結果を踏まえると、上記のシミュレーション結果は再検討が必要であることが明らかになりました。

このデータを見ると、日本人の感染率が低い理由(ファクターX)は、布マスク、不織布マスクを外出の際は律儀に装着してきたことであるように思われます。アジアの他の国でファクターXが比較的顕著ではないのは、ウレタンマスク装着の割合が高いせいかもしれません(誰かデータ持っていたら教えてください)。

振り返ると、アベノマスク配布事業は誠に的を射た政策でした。あのおかげで、国民全員に「マスクをしろ」という政府のメッセージが浸透しました。また、不織布マスクの品薄も解消し、国民のほとんどがマスクを装着し続けられる環境を醸成しました。

デルタ株の感染とエアコン

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日本では9月に入りデルタ株の割合が減少しました(左)。その理由に関しては、専門家も頭をひねっているようです。その議論をしていた時に、和田さんが、「もしかしたらエアコンの稼働と関係があるかもしれない」と言い始めました。

そこで、戎崎は東京の2021年の5月-9月の気温の変化を調べてみました(右:気象庁の公開データ)。2021年の6月上旬にセ氏30度を超える真夏日が始まりました。このころ、エアコンの冷房を入れ始めたと思います。その後一旦、最高気温が30度を切るようになります。関東の梅雨入りが6月14日ごろということですのでそれに対応していると思います。この頃から湿度が上がって不快指数が高くなったので、気温が低めでも冷房を使い続けたと思います。そして7月中旬に梅雨明けし、真夏日が続くようになりました。

一方、9月始めに台風が襲来し、最高気温が一気にセ氏20度程度まで下がります。台風一過後、最高気温が25度超に戻りますが、セ氏30度超に慣れた我々は、セ氏25度でもあまり暑いとは感じないで冷房はあまり使わなくなったと思います。

これらを振り返ってみますと、右図で灰色で塗った期間が、冷房が盛んに使われた時期と考えられます。

一方、デルタ株の割合は、6月上旬後半(6月7日-13日)に急激に立ち上がり、9月になると急激に減少に転じます(左図)。このデルタ株の活動期は、上に述べた冷房期(灰色で塗った時期)とよく一致しています。また、8月中旬に、台風の来襲で気温が数日下がったことがありました。デルタ株も割合もそれに対応する時期少しだけ減少しているようにも見えます。

では、冷房がなぜデルタ株の感染を助けるのでしょうか?和田さんと私が考えた作業仮説は以下のようなものです。まず、室温がセ氏30度、エアコンが吐き出す冷風がセ氏20度だったとしましょう。セ氏30度における飽和蒸気圧は20度におけるそれの約2倍です。したがって、相対湿度70%のセ氏30度の空気をそのままセ氏20度まで冷却すると、容易に露点に達します。つまりエアコンからの冷風は相対湿度が100%にかなり近いことが予想されます。

一方、感染力が高いデルタ株の感染は、1ミクロン以下の小さなアエロゾルを通して起こります。このようなアエロゾルは、エアコンからの冷風のような湿度100%に近い空気の中では長期にわたって生き残り、部屋の中で瀰漫すると考えられます。これが、デルタ株の感染を助けた可能性があります。相対湿度が低いと、小さなアエロゾルは、早々に水分を失って消えてしまいます。

デルタ株は、インドで発生したと聞いています。かの国では非常に暑いので定常的にエアコンを稼働させているに違いありません。そのような環境で進化したデルタ株は、エアコンからの冷風に助けられて感染を繰り返してきた可能性があります。

和田さんは、この作業仮説を確認するための実験を企画しようと考えています。来年の6月ごろまでにデルタ株に対する有効な対策を策定し、実行に移しておかなければなりません。

また、冬になると再びエアコンがフル稼働を始めます。今度は、セ氏10度の空気をセ氏20度に温めるわけなので、相対湿度が非常に低い暖風がエアコンから噴き出てくるわけです。この時コロナウィルスの感染がどうなるのかは心配なところです。それに関する考察は、稿を改めて。

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