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オランダ水害根絶の教訓 科学への信頼、計画達成に導く

オランダは国土の4分の1が海面より低い干拓地である。常に水害に悩まされてきた。1916年には、北海の暴風雨に伴う高潮で、首都アムステルダムの北方の北ホラント州の大部分が浸水した。これに懲りたオランダ政府は、アムステルダムの北東に広がるゾイデル海の入り口を堤防で閉鎖して北海の高潮による水害を根絶する計画を立てた。
 一方、ゾイデル海の入り口を閉鎖した場合、北海との境界にあるワッデン諸島と堤防の間の海域での干満差の拡大に懸念があった。それを考慮して、この部分の防潮堤をかさ上げしなければならない。問題は、その高さが分からないことだった。
 そこで政府はこの問題を研究する特別な委員会を組織し、その委員長にH.A.ローレンツ氏(1902年ゼーマン効果の発見とその理論的解釈により第2回ノーベル賞受賞)を指名した。国運をかけた巨大プロジェクトの命運を、海洋学者でも土木工学者でもない理論物理学者に委ねた。
 8年にわたるローレンツ氏と委員会の苦闘が始まった。委員会はまず、検潮計をさまざまな場所に設置することから始めた。次の課題は、複雑に入り組んだ水路を流れる潮流と干満差を正確に評価することだった。委員会は、摩擦を考慮した「潮汐理論」を新規に構築し、スエズ運河やブリストル湾の潮位変化に適用して良好な結果を得た。
 このような周到な検証を経て、ゾイデル海沿岸の干満差評価に取り組んだ。その結果、ワッデン海沿岸の干満差は閉鎖前の約2倍になることがはっきりした。また、潮汐波の締め切り堤防における反射で定在波ができる。ワッデン諸島はその節(振幅がゼロになる)に近いので、干満差があまり大きくならないことも分かった。このおかげで、大幅な経費節減ができたという。最後に北海の暴風高潮の高さの評価を行った。過去に起こった高潮水害のデータを再現し、同等の高潮が発生しても浸水に至らないように防潮堤の高さが決められた。
 報告書は1926年11月にオランダ女王に提出された。それは345ページに及び、半分はローレンツ氏自身によるものだった。この報告書を基に締め切り堤防の工事が27年1月に始まった。当初計画から3年以上短縮し、32年5月に完成した。工期短縮には、ローレンツ氏の潮汐理論が役立った。建設中の堤防が耐えるべき潮流の強さが評価され、あらかじめ周到な準備がなされたからだという。また、ローレンツ委員会が行った暴風高潮の評価は、その後の観測データと比べても驚くほど正確だった。オランダは53年に再び大水害に見舞われ、ロッテルダムを中心とした南オランダが大被害を受けたが、ワッデン海沿岸は被害を免れた。
 さらに、封鎖されたゾイデル海は淡水化され、アイセル湖となり、夏の乾燥期の灌漑(かんがい)用水の供給が万全となった。一部は干拓されて農地となった。その総面積は1650平方キロに及ぶ。オランダ国土の3.9%に達する膨大なものである。
 ローレンツ氏のこの業績は、朝永振一郎氏によって科学雑誌「自然」(中央公論社)の60年1月号で紹介されている。朝永氏は「近道をとらず、精密科学のように順を追って問題と取り組んだ」と高く評価している。また、「この大事業を科学的なやり方で出発させたオランダの政治家の識見に敬意を表さざるを得ない。ローレンツ氏を起用したのは彼らの大きな手柄である。8年もの検討をローレンツ氏に許した度量と科学者に対する信頼は範とすべきだ」と結んでいる。
フジサンケイビジネスアイ 2017年8月22日 許可を得て転載