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七世紀初頭の気候寒冷化と隋の崩壊:Global Cooling in the first decades of the seventh century and the collapse of the Sui dynasty in China

気候寒冷化期は、年々の気温変化が温暖期の数倍となり、ちょっとだけ平均気温が下がる。農作物は、冷夏と干ばつで不作の連続となる。それに戦乱の害が追い打ちをかける。これが朝鮮半島に侵略した隋を直撃した。
日本においては、622年に聖徳太子が、626年に聖徳太子とペアを組んで政治を主導した蘇我馬子が病没する。日本書紀の記述では、その記事に続き天変の記録が続く
「六月に雪ふれり」
「三月より七月に至るまでに、霖雨ふる。天下、大きに飢える。翁は草の根を喰らひて、道の垂に死ぬ。幼は乳を含み手、母子ともに死ぬ。」
「夏五月に、蠅有りて集まる。其の凝り累るること十丈ばかりなり。虚に浮かびて信濃坂を越ゆ。鳴る音雷の如し。すなわち東のかた、上野国に至りて自らに散せぬ。」
最後の記述は、イナゴの大群であろうかもしくはウンカのことか。いずれにしろ、うすら寒い、梅雨が終わらない夏に害虫が追い打ちをかけるという日本の飢饉の年に見られる典型的なパターンが見て取れる。
歴史に学び、飢饉に備えなければ。
七世紀初頭の気候寒冷化と隋の崩壊:Global Cooling in the first decades of the seventh century and the collapse of the Sui dynasty in China