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発見のY学問と完成導くS学問 AIで進展、学術と芸術の融合

 学問の名前にはYで終わるものとSで終わるものがあることを私に教えたのは天文学者の小平圭一先生だった。前者はAstronomy(天文学)、Geology(地質学)、Biology(生物学)、Chemistry(化学)、Phylogeny(進化学)、Geography(地理学)など。後者はPhysics(物理学)、Mathematics(数学)、Genetics(遺伝学)、Statistics(統計学)などである。

 前者は、発見の学問であり、対象物を分類し記載する。新種を発見し記載することが最も称賛される。Y学問の研究者は、他との違いを強調する傾向があり、体系化を本能的に嫌う。物理学者のアーネスト・ラザフォード氏が「切手収集」と揶揄(やゆ)したように、趣味の世界との境界は曖昧である。

 一方、S学問は、体系化の学問であり、対象物の性質を少数の仮定と方程式により説明することを目標とし、数学との相性が良い。S学問の研究者は、対象物同士の小異を捨て大同を大事にする要素還元主義者である。Y学者からは、「無味乾燥」、「帝国主義」と批判される。確かに、S学問が確立してしまった分野の変化は簡単ではなく、しばらく進歩は止まってしまう。むしろ産業への応用が大事になってゆく。

 学問分野は、Y学問により探検、開拓され、S学問によって体系化されて完成を見るという発展形態をとることが多い。20世紀の前半は、19世紀後半に得られたY学問的知見を元に、天文学と化学の物理学による体系化が進行した。

 物理学を応用した観測・測定手段が天文学と化学のフロンティアを広げた。分光、電波や紫外線、エックス線などの新しい測定手段により、新種の天体、化合物、反応経路が発見され、Y学問としての側面も活発だったのが化学と天文学だった。一方で生物学と地球科学の体系化は20世紀の間はあまり進行しなかった。

 20世紀後半には、天文学、化学における変化は一段落した。代わって生物学が分子生物学を中心に華やかに進歩した。

 しかし、21世紀になって、状況が次第に変わりつつある。

 まず、生物や地球は諸量が非線形に強度に相関する系であり、そのようないわゆる複雑系を記述する手法が20世紀中はまだ未発達だった。ところが、20世紀の終わりに、それらを取り扱う手法が複雑系科学や非線形物理、素粒子物理学の分野で急速に発達し、コンピューターの発達で大規模なシミュレーションが可能になった。それらを適用することにより、非線形系のふるまいを理解し、記述することが可能になりつつある。

 また、地球に関しては、20世紀後半になって、人工衛星を用いた全球スケールの観測が行われ、数十年の蓄積を得た。さらに、生物に関しては、主なモデル生物の全ゲノム配列が解読されて、種同士の関係や、遺伝子(群)の進化が定量的に議論されるようになった。

 もちろん、これらの新データの蓄積は、物理学から派生した各種のセンサーの発達による。約50年の手法開発とデータ蓄積の準備期間を経て、21世紀前半は、物理学(Physics)と遺伝学(Genetics)をはじめとするS学問が、地球科学や生物学を体系化する過程にあるといえる。

 さらに現在、人間の脳の解剖学的データと結合情報のデータ蓄積が急速に進みつつある。これらを用いた人間全脳の実時間・超実時間シミュレーションが近い将来実現する。また、文学作品や音楽作品を作り出す人工知能(AI)が実現するだろう。これらを元に心理学(psychology)、哲学(philosophy)、音楽論(music theory)、文学論(literary theory)などのY学問のS学問的な体系化が始まろうとしている。

 学問と芸術が混ざり合った、かつてない時代にわれわれは突入しようとしている。

フジサンケイビジネスアイ
高論卓説2018年5月1日 許可を得て転載