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「人工小脳」の衝撃 高制御機能が生産現場を革新

 人間の小脳には、約690億個の神経細胞が存在している。これは、大脳を含めた脳全体の神経細胞数の約80%である。小脳は超並列型万能予測器として機能しているとされている。大脳皮質が出力する大まかな運動指令を過去の経験に基づいて適切に調節し、身体の各パーツが同調して滑らかに動くのを助けている。

 練習すると次第に動きが迅速にかつ滑らかになるのは、小脳が適切な運動の大きさとタイミングを記憶する過程である。視覚や聴覚からのフィードバックを基にする場合、時間遅れのために偏差や振動が発生してしまう。

 一方、小脳は過去に実現したベストパフォーマンスの動きを予測的に出力し、それを基準として「時間遅れなしのフィードバック制御」を疑似的に実現することにより、偏差や振動を補正する。ジャンプ、投球、打撃などの大きな迅速な動きを行う人間の体は、強い非線形を持っている。

 その制御を単純なフィードバックで行うと、多くの場合うまくいかない。非線形のために、一番よい方向にフィードバックが働くとは限らないのだ。小脳はその問題を克服するために生み出されたと思われる。

 人間の小脳は、チンパンジーの小脳に比べて2倍以上の神経細胞を持っている。その数の増加は、道具の使用や言語によるコミュニケーション、高度な認識機能の一部などの人間が人間になるために重要な機能を獲得するために必要だったと考えられる。

 小脳の神経細胞は、数だけは多いものの結合数は大脳のそれに比べてかなり少なく、その結合パターンは単純な繰り返しでできていることが、解剖学的に分かっている。したがって、神経ネットワークの働きを丸ごとそのまま数値シミュレーションすることができる。

 昨年、ネコ小脳に匹敵する小脳神経回路(10億ニューロン)の実時間シミュレーション(人工小脳)が実現され、さらに今年3月にはサル小脳(80億ニューロン)に匹敵する人工小脳が実現された。最近では、小脳と大脳が協力して並列強化学習を行うモデルが提案されている。迅速で滑らかな運動を、自律的に練習して獲得する人間などの高等哺乳類の能力を人工的に実現する技術的なベースが整いつつある。

 人工小脳システムは、これまで人間にしかできなかった作業を担い、人間を長時間の3K労働から解放するだろう。さらには、人間の反応速度をはるかに超えた速度でのきめ細かな制御を可能にして、生産現場の革新に道を開く可能性がある。これは、人口が減少しつつある日本にとって重要な技術である。

 また、人工小脳が実現する高度に自動化された社会において、ハードウエアの信頼性と長寿命化とに対する要求がこれまで以上に高くなると思われる。人工小脳システムは、ハードウエアの非線形性をその再現性の範囲で吸収してくれるが、予期できない動きや突然の故障には対応できないからだ。

 高信頼性のハードウエアを大量に安価に作る能力を次世代の日本人が持ち続けることができれば、日本の将来は明るいだろう。

2018年6月22日 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説
許可を得て転載