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卓越した戦略眼でレーザー技術発展 敬服するノーベル賞受賞者のバイタリティー

今秋、ジェラルド・ムルー氏がノーベル物理学賞を受賞された。受賞理由は、レーザーのチャープパルス増幅法の発明である。この手法を使うことにより、レーザーパルスの継続時間を圧縮し、高強度(ペタワット=10の15乗ワット)を作ることが可能になった。

 ペタワットの強度の実現は、レーザー航跡場加速に道を開いた。ペタワットレーザーパルスの中の電子は、レーザーの横向き電場による運動が相対論的に、つまり速度がほぼ光速になる。このことによる非線形効果のために、高強度パルスがプラズマ中を伝搬すると、強い航跡場がその周りに作られて荷電粒子が効率的に加速される。

 この機構は田島俊樹氏とドーソン氏が1979年に提案したものだったが、それが必要とする高強度パルスを作るすべがなかった。85年のチャープパルス増幅法の開発によりそれが可能になったのだ。

 従来の粒子加速器はマイクロ波と電磁石で作られているために、非常にかさばるもの(数キロメートルサイズ)になっている。レーザー航跡場が作る加速電場は、従来のものに比べて桁違いに大きくできるので、従来の限界を超える粒子加速器を作れる可能性がある。素粒子物理学や相対論などの基礎物理に留まらず、コンパクトな中性子発生源による無侵襲計測や、イメージング、新規な医療用放射性同位元素の製造手法の開発にいたる広範な技術革新の可能性が議論されている。

 ムルー氏は、2012年に米カリフォルニア大アーバイン校の田島氏と協力して、仏パリ工科大学内にIZEST(国際ゼタ・エクサ科学技術センター)を設立し、世界中に存在する高出力レーザー装置に高度な圧縮技術を適用し10の18乗(エクサ)、10の21乗(ゼタ)ワットの超高強度を実現する運動を進めている。また、ヨーロッパにおいては、欧州委員会がチェコ、ルーマニア、ハンガリーの3カ所にExtreme Light Infrastructure(ELI)と称する巨大な高強度レーザー施設を建設中である。この計画の主導者もムルー氏だ。

 東欧に西欧の資金を投入して最先端科学技術の拠点を作り、それをイノベーションの核にして東欧の経済発展を支える。欧州の政治的・経済的要請に自分の夢を重ね合わせるムルー氏の戦略眼とそれを実現するバイタリティーに、敬服するばかりである。

 私がムルー氏にお会いしたのはIZESTの会合でだった。その時、宇宙線観測用に長年開発してきた広角望遠鏡技術の宇宙デブリ問題への適用について悩んでいた。広角望遠鏡でセンチサイズのデブリを発見できるが、十分強いレーザーがなければ、手も足もでない。この悩みをムルー氏にお話ししたところ、「そのレーザーは私が開発する」と即答なさった。一方、ムルー氏の方は、強いレーザーは作れるが宇宙デブリの位置が分からないという悩みを持っておられた。「両者が組めばうまくいく。宇宙デブリ除去ができる」と勇んで共著論文を書いたというわけだ。それ以来とても親しくお付き合いさせていただいている。今回の受賞は本当にうれしい。ムルー氏はノーベル賞にふさわしい真の科学者である。

2018年10月24日 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説
許可を得て掲載