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カライワシ上目は単系統: Elopomorph is monophyly

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カライワシ上目には、ウナギ目、カライワシ目、ソトイワシ目、フウセンウナギ目などの様々な形の魚が含まれている。これらカワライワシ上目の魚は、幼生期にレプトケファルス(葉形仔魚)と呼ばれる独特の幼生期を経て成長する点で共通しているが、成魚の形や生活形態はさまざまで、これらが単系統なのかどうかについては異論があった。

Inoue et al. 2004は、12種のたんぱく質コード遺伝子、22種のトランスファーRNA遺伝子、二種類のリボゾーム遺伝子のミトコンドリアのDNA配列を用いて系統樹を作製した。でき上った系統樹は、レプトケファルスがカライワシ上目の子孫共有形質であることを一致して示していた。つまり、カライワシ上目は予想に反し、単系統であることがはっきりした。幼生がフォーク状の尻鰭をもつカライワシ目とソトイワシ目が祖先形で、幼生がフィラメント型と丸型の尻鰭を持つフウセンウナギ目とウナギ目が後から分岐した近縁種であることも分かった。

Inoue, J.G. et al. 2004, Mitogenomic evidence for the monophly of elpomorph fishes (Teleostei) and evolutionary origin of the leptocephalus larva, Molecular Phylogenetics and Evolution, 32, 274-286.

聖徳太子と隋の煬帝: Emperor Yang of Sui and Prince Shotoku of Japan

 「聖徳太子」(梅原猛著)によると、聖徳太子が活躍した6世紀終わりから7世紀初めの東アジア情勢は、現在に似ているという。中国において、300年ぶりに南北中国を統一した巨大な隋帝国が出現した。隣国は、隋帝国の侵略に戦々恐々としていた。朝鮮半島には、高句麗、百済、新羅が鼎立(ていりつ)し、互いに軍事および外交において、しのぎを削っていた。

 著者によると、聖徳太子は煬帝を深く尊敬していたに違いないという。実際、聖徳太子が派遣した遣隋使は「海西の菩薩天子」と煬帝のことを表現している。仏教を厚く信仰し、仏教による文明国家の建設を目標とする聖徳太子としては最大の尊敬を表現したものに違いない。しかし、「日出る処の天子、書を日沈む処の天子に送る、恙(つつが)なきや」とした日本の国書は、わがままな煬帝の怒りを買い、彼は「失礼だ。二度と見せるな」と言ったという。聖徳太子の煬帝に対する尊敬は、片思いに終わったようだ。それでも、隋は日本に対し裴世清を使者として送る。これは日本の対中国史上前代未聞のことである。高句麗や百済の僧を政治顧問においた聖徳太子は、東アジアの政治情勢を読み切って、あえて失礼なラブコールを隋に送ったのであろう。見事な判断と決断力である。さて、一方の隋はどう反応したか。

 遣隋使の派遣直前(西暦607年)に、隋は朱寛という将軍を琉球に派遣し島人一人を連れ帰らせている。さらには、次の年に再び琉球を慰撫(いぶ)せしめるために派遣された朱寛は、琉球国王の抵抗にあい、それが果たせなかったが、「布の甲」を持ち帰った。この年に来た日本の使者(たぶん遣隋使の小野妹子)にこれを見せたところ、「夷邪久(屋久島か)の国人の用いるもの」と言ったという。さらに、隋は陳陵と鎮周に1万を超える兵を預けて琉球を侵略し、国王を殺して万を超える民衆を虜(とりこ)にして連れ帰った。折しも、608年から609年にかけて、日本は隋の使者、裴世清を迎えていた。あめと鞭(むち)。聖徳太子の純粋でプラトニックな(たぶんに意識的だが、半分本気の)ラブコールに対し、煬帝はパワーポリテックスで切り返したことになる。

 さて、ここで聖徳太子が、日本にとって非常に大事な外交ポイントを中国から上げたことは注目に値する。日本の国王が中国に対等な形で国書を送り、当時の中国皇帝がそれを正式に受け、さらに返答の使者まで送り出している。さらに、その事実が中国の正式の史書である隋書にも記載されている。中国の周辺諸外国との交わりは、常に周辺国からの朝貢の形をとり、「中国皇帝はすべての土地を治める権利を持っているが、かの地は中国から遠すぎるので、とりあえず代わって治めることを命じる」という形を例外なくとっていた。周辺諸国の国王は、これを国内の統治の権威づけに使った。魏に使いを送って金印を授かった卑弥呼もその典型である。これは、現代の中華人民共和国が、その周辺国がどこも中国の一部と今言い張る根拠になっている。日本については、明らかな例外がここにある。

 以後、日本は中国を手本とした律令国家の建設に邁進(まいしん)し、仏教を中心とした大陸文明を熱心に輸入し、「和をもって貴しとなす」官僚国家、日本が誕生する。聖徳太子のこの見事な外交戦は、その端緒を開く大変重要な出来事だった。

 一方、中国においては、隋が滅亡し、代わって唐が起(た)った。その唐が隋の煬帝に諱(いみな)した煬とは、「内を好みて礼を遠ざける」「礼を去りて衆を遠ざける」「天に逆らって民を虐げる」皇帝につけられる名前だそうである。

 今、中国が再び超大国として東アジアに覇を唱えようとしている。現代中国の政治指導者たちの言動が、次世代のそれから「煬」と諱されるような事態が起こらないことを、中国と東アジア諸国の人民のために祈りたい。歴史は繰り返すかのように見えるが、まったく同じとはかぎらない。われわれは歴史から学ぶことができる。中国は隋帝国の顰(ひそみ)に倣ってはならないし、日本は白村江の敗戦の轍を踏んではならない。未来を選択するのは、われわれである。

サンケイビジネスアイ、高論卓説7月29日、許可を得て転載。

鉄隕石は地球型惑星形成領域の微惑星の破片である:Iron meteorite as remnants of planetesimals formed in the terrestrial planet region

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鉄隕石は、化学的に分化した小惑星の中心にできた鉄の核が後に壊されてできたと考えられている。鉄隕石の母天体は、ほとんどの小惑星がある小惑星帯(2.5-3.5AU)にあったとこれまで考えられてきた。しかし、小惑星帯をよく調べてみても、そのような分化した天体やその破片があまり見つからない。また、鉄隕石の母天体が直径で20km以下だったことや、それらが普通コンドライトの母天体よりも1-2百万年先にできていたという観測事実をうまく説明できない。

そこで、Bottke et al. 2006は、もう少し内側の地球型惑星の形成域(0.8-1.5AU)でできたのではないかと提案している。ここでは、微惑星はより早く成長するので、26Alや60Feのような短寿命放射性核の崩壊で、太陽系形成のかなり初期に溶ける。その結果として鉄のコアが形成される。その後、地球型惑星の成長に伴う巨大衝突で破壊され、さらに重力散乱によって小惑星帯まで運ばれて今日まで生き残ったのではないかというわけだ。

1) Bottke, W.F. 2006, Iron meteorites as remnants of planetesimals formed in the terrestrial planet region, Nature, 439, 821-824.

小惑星の化学組成分布から探る太陽系の進化:Solar System evolution from compositional mapping of the asteroid belt

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DeMeo and Carry (2014)は、さまざまな型の小惑星の分布をそのサイズと太陽からの平均距離について調べてみた。最近になり、5km-1000kmにわたる小惑星の個々のスペクトルが測定されて分類が進んだ。小惑星は、表面が高温による変成を受けて揮発成分を失った「赤い」ものとあまりそれを受けていない「青い」ものに大きく分けられる。これまで、赤い小惑星は太陽に近い方に多く、青い小惑星は遠い方に多いと漠然と思われてきた。

今回の詳細な検討の結果、かなりの数の青い小惑星が内帯に(2.0-2.5AU)、かなりの数の赤い小惑星も外帯(2.8-3.3AU)にあることが分かった。ただし、全体として、外側に行くにしたがって青い小惑星の割合が増え(内側に行くにしたがって赤い小惑星が増える)傾向はは確かにあり、最も外側にあるヒルダ群(3.9-4.0AU)とトロヤ群(5.2AU付近)は、ほとんどすべて青い小惑星からなっている。

これらの小惑星の分布は、惑星形成の理論に強い制約を与えると考えられる。

1) DeMeo, F.E. and Carry, B. 2014, Solar System evolution from
compositional mapping of the asteroid belt, Nature, 505, 629-634.

原始惑星系円盤における固体物質分布の間隙:A gap in the solid material distribution of the protoplanetary disk

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Weidenschilling (1977)は現在の太陽系の惑星の分布とその中の鉄の質量を見積もった。それらの惑星の周りに分布させてみた。鉄は最も熱に強く、これらの惑星を作った原始惑星系円盤の固体成分の分布をそのまま反映している可能性が高い。その結果、全体としては半径の-1.5乗に比例する物質分布で近似できることが分かった。しかし、太陽からの距離が2天文単位と4天文単位の間に、まわりと比べて一桁から二けたぐらい物質量が少ない間隙があることが分かった。ここは、現在は火星と小惑星がある場所である。火星の質量が地球の質量の10分の一程度であること、小惑星体全体の質量が、2x10^21 kg と地球の1000分の一程度しかないことを反映していると思われる。このような固体物質の分布の間隙の存在は、惑星形成理論に強い制限を与える。

1) Weidenschilling, S.J., 1977, The distribution of mass in the
planetary system and solar nebula, Astrophysics and Space Science, 51, 153-158.

シグナル伝達転写因子(STAT)と遺伝子発現調節: STATs (Signal transcrptionand Activators of transription)s and Gene Regulation

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STATs (Signal transducers and Activators of Transcription) は35アミノ酸以上の長さ細胞質たんぱく質である。細胞が様々な細胞外ポリペプチドと出会ったときに、遺伝子の制御に参加するために起動される(Darnell 1997)。分子遺伝学的な研究により、リン酸化チロシン部位、二量体において相手のリン酸化チロシンに結合するSrc類似部位、DNA結合部位、たんぱく質相互作用部位が見つかっている。マウスの遺伝学的な研究により、哺乳類のSTATの様々な重要な役割が分かってきた。ショウジョウバエ(Drosphila)と細胞性粘菌(タマホコリDicyosetlium dicoideum)でもSTATが発見されたことは、これらのたんぱく質の機能の起源が非常に古いことを示している。

哺乳類においては、7つのSTATが発見されている。Stat1とStat4はマウスの染色体1(人間の染色体2のq12からq33に対応)に、Stat3、5A、5Bはマウス染色体11(人間の染色体12のq13からq14-1に対応)に、Stat2、6はマウス染色体10(人間の染色体17のq11からq22)にマップされている。Stat1、3、4、5Aと5Bは750-795アミノ酸残基を持ち、Sat2と6は、850アミノ酸残基の長さである。様々なスプライシングによってさらに多くの種類のペプチドが作られているようだが良くわかっていない。

35個の細胞外ペプチドが、STATを活性化する結合基であることが分かっており、様々な生物イベントで機能している。3つのSTATは狭い活性化特性を持つ。Stat2はIFN-αのみで活性化する。Stat4はリンパ球において、IL-12とIFN-αによって活性化される。Stat6はIL-4とIL-13によってのみ活性化する。一方、Stat1、3、5Aと5Bは、たくさんの違う結合基で活性化することが分かっている。

では、STATはどのように特定の生物反応をトリガしているのであろうか?同じ細胞には、同じSTATを活性化する受容体は一つしかないことがその答えになっているかもしれない。例えば、Stat5を活性化するIL-2の受容体はエリスロポイエチン、トロンボポイエチン、プロラクチン、そして成長ホルモンの受容体はそれぞれ別の細胞の別の分化段階で存在している。したがって、Stat5は赤血球前駆細胞においてはエリスロポイエチンによって活性化され、乳房細胞においてはプロラクチンによって活性化され、既に存在している違った転写因子と協力して別の転写制御に関与する。

無脊椎動物でもショウジョウバエでStat92Eが発見された[2,3]。Stat92Eに対応するmRNAの発現パターンにより、このたんぱく質の初期胚における役割が明らかになった。

Williamns et al. [4]は、Dictystelium discoideum(粘菌の一種、タマホコリ)においてDIF(分化励起因子)によるpre-stalk細胞の分化に必要なDNA結合たんぱく質のクローンに成功した。DIFは細胞膜に可溶の親油性分子であり、細胞の中に入って活動すると考えられ、したがって、遺伝子活性化ペプチドによりも、ステロイド超族の活性化因子に似ている。新たに発見されたDNA結合因子は、700残基の長さを持ち、その活性化型はリン酸化チロシンを持っている。さらに、特にSH2領域がかなりSTATに似ている。もし、これが本当にSTATであれば、哺乳類のSTATは非常に古い起源を持つことになる。

[1] Darnell, D. E. Jr., 1997, STATS and Gene Regulation, Science, 277, 1632-1635
[2] Yan, R. et al. Cell, 84, 421.
[3] Hou, X.S. et al. Cell, 84, 411.
[4] Tanaka, T. et al. 1997, Cell, 89, 909.

天明の大飢饉、今でもリスク 玄米備蓄のすすめ

 わが家では、有事に備えて玄米を備蓄している。そのきっかけは、火山噴火だった。2010年の春(3月から4月)にアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火した。欧州の主要空港が閉鎖され、多くの観光客が足止めを食ったので覚えている方も多いだろう。このとき、私が思い出したのは1782年から88年にかけて起こった天明の大飢饉(ききん)である。日本の近世では最大の飢饉だったといわれている。天明の飢饉も、同じアイスランドのラキ火山とそれに引き続くグリムスヴォトン火山の1783年から85年にかけての噴火が原因だったとされている。

 2010年の噴火の火山性ガスの噴出量は、4月終わりの時点で、1784年の噴火の噴出量の最初の部分のそれとあまり変わらなかった。私はこれで、ここ数年で飢饉が来ると踏んで、玄米の真空パックを大量発注し、居間に積み上げたという次第である。幸いにして、2010年の噴火は5月に入ると終息に向かった。一方、1783年の噴火は5カ月続き、さらに別の火山も噴火した。このとき噴出した火山灰と硫化物が地球成層圏に数年間滞在したため、全球的に異常気象が続いた。その結果、農産物が大被害を受けて食糧不足となり貧困と飢饉が欧州全体に広がった。1789年のフランス革命の一つの要因とも考えられている。
 実は最近でもそれに近い現象が起きたことを覚えておられるだろうか? 1991年にフィリピンのピナツボ火山が20世紀で最大規模の大噴火を引き起こした。その後、全球的に冷夏傾向が続き1993年に日本では平成コメ騒動が起こった。現代科学技術は干魃(かんばつ)による不作は克服したが、冷夏による不作を完全に克服するには至っていないのだ。

 その後2011年には日本で大震災が起こり、いろいろな事件が起こったが、居間にコメが備蓄してあって、アパートに立て籠もっても何とか食いつなげるという安心感は大変ありがたかった。その備蓄の最後の段ボールがまだわが家の居間にある。この4年前の超古古米をいまだにありがたくいただいている。真空パックした玄米は、ほとんど変質していないと私は思う。

 日本は、自給が可能なコメに関しては少なくとも3年分の備蓄を持つべきだと感じている。いったん全球的な異常気象が始まったら、食糧輸入が困難になる。それに備えなければならない。まず、家庭で1年分ぐらい備蓄しよう。玄米真空パックであれば、特別な設備はいらない。食糧不足になったときに、一番困るのはわれわれ消費者だ。家族の命を守るため、大事なことだと思う。スペース的に困難な場合は、生産者か卸売・小売業者に保管を依頼する「貯米」(銀行にお金を「貯金」するようにコメを預ける)を考えてもいいと思う。次に、生産者も少なくとも1年分ぐらいの在庫を持っていてほしい。人間は、1カ月食べなければ確実に死ぬ。食糧安全保障の観点から、日本の農業を守れというなら、1年分の在庫を常に確保し安定供給のための万全を期す態勢を取ってほしい。

 最後に国家も1年程度の備蓄を持つべきだ。今、天明の大飢饉が再発しても、日本では一人の餓死者も出さないための万全の態勢を考えよう。さらに、気候が不順になると、食糧不足から近隣諸国で政治不安が表面化するのは歴史の教えるところである。それが日本に波及しないよう、外交・軍事の面でも油断なきように願いたい。

フジサンケイビジネスアイ2015年6月25日掲載
許可を得て転載

農村衛生研究所設立趣旨文:The purport of Farmer's Sanitation Institute

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左:李永春(イ・ヨンチュン)博士の胸像。

右:李永春家屋に展示してあった農村衛生研究所設立趣旨文の写真。

韓国のシュバイツアーと称される李永春(イ・ヨンチュン)博士の手による農村衛生研究所設立趣旨文。2013年5月に母とその故郷である韓国の群山を訪ねた折に、李永春家屋を訪問し、そこに展示されていた本文の写真を撮影し、その翻訳を同行してくれた金允智(キム・ユンジ)さんにお願いしていた。翻訳されてきた文章は、国民の困難に立ち向かう高潔な博士の人柄を反映し、素晴らしいものだった。特に、最後の「態度」の部分は、そのまま理化学研究所のモットーにしてしたいほどのものだ。

母は帰国後、あの建物と風景は見覚えがあると言い出した。小学校の時にアデノイドの切除手術のために入院したという。その執刀は、李永春博士ご自身だったかもしれない。

李永春家屋は、当時この周辺の大地主だった熊本利平が立てた別荘だった。日本の京大に入学して韓国最初の医学博士となった李永春博士は、熊本農園で医者として働く傍ら、韓国農村部の衛生状態の改善のため、農村衛生研究所の設立を志した。熊本氏は、その意義を認め、熊本農場の利益で農村衛生研究所の運営費を支弁することに合意したが、日本の敗戦でそれがご破算になったという。その後、李永春博士は大変な苦労をして、農村の衛生状態の改善に努力し、韓国のシュバイツアーと称されるほどの業績を残した。
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農村衛生研究所設立趣旨文

研究所の目的と態度

個人の一生に長短と盛衰があるように、民族においても盛衰興亡がある。

人類史上、輝かしい文化を作り上げたローマとギリシア民族は、都市の文化生活の産物である贅沢と享楽、堕胎の流行と健康の衰微により、民族生物学的退行現象の現れと共に、異民族による置換で衰亡した事実は、歴史的文化民族と現代の文化国家でも、事実として立証されつつある。民族の将来は、正に、その民族の健康(質)と人口の増加(量)にかかっていることが分かる。

我々は、過去40年間異民族の統治下で苦しみながらも、民族の純粋性と固有文化を確保しつつ、現代文明を吸収し、社会の各方面で多くの発展を成し遂げた。しかし、このような発展は都市部に集中していて、我等の農村は40年前とあまり変わらず、むしろ、農村の核となるべき人物のほとんどが都市に移住してしまっている。まるで、活気を失った去勢者のようだ。

我等の人口の7割は農民で構成されている。それは、農民の健康な農村文化の発達の可否が、民族と国家の運命を決定するということであろう。都市の文化だけ高度発達を遂げたとしても、半身不随的な役割に過ぎないということを、識者たる者は厳粛に省察するべきである。

私は過去15年間、農村医生活での体験と調査を通して、民族退化という逆現象が展開されていることを切実に感じている。この状態が放置されると、将来的に歴史的な衰亡を繰り返すしかない運命であると痛感している。

結核病は年々蔓延し、農民の1割5分は暫定性梅毒患者である。また、9割内外が寄生虫の宿主で、そのうち十二指腸虫と肝臓ディストマように、命に危険を及ぼす寄生虫が、地域的な差はあるものの、徐々に増加しつつある。以上の3代疾患は、民族毒の代表者である。尚、世界最高位の乳幼児死亡率、各種急性伝染病は、文明国では珍しい疾病である。多くのの疾病、飲料水と衣・食・住の不完全、不健全な生活環境など、農村は一般の想像を超える健康を妨げる条件で充満している。

このような状況を対処する現代医療施設、公衆衛生と生活指導は、ほとんど行なわれておらず、命の保護を訴えることもできない。原始的な民間療法と漢方治療に頼り、または、巫女の祈りに命を託すなど、貧困と疾病の二重苦で苦しむのが農村民の実情である。

1646年、国際連合は、世界保健機構規約で、健康というものは完全な身体、精神及び社会的福祉を受けられる状態を言うものであり、決して、疾病が無く、弱くない状態であることだけを言っているわけではないとしている。最高水準の健康を享有することは、人種、宗教、政治、経済、社会の情勢に関係なく、全人類に与えられた権利であり、安全保障の基礎である。一つの国家の健康増進保護の達成は、一般市民、多くの国家の利益になるため、各国の政府は、国民健康確保に重大な責任があると宣言した。

新生大韓民国が国際舞台の一員として登場するようになった今日、政治家と医学者、全ての指導層が、民族の健康動向を正確に把握、認識し、確固たる国策の樹立と実践をすることで、民族の進路に希望と光明が見えてくることを期待してやまない。

農村に居住し、農村の現実に関心を持っている私は、世界保健機構創立精神に順応しながら、過去の農村医療事業を基礎とし、農村衛生研究所を創立、健康な農民を育成することで農村文化発展を図りたいのである。

1948年11月
研究所長 李永春(イ・ヨンチュン)


目的

1.民族の永遠な発展は、健全な農村にその源泉があることを確信し、医学上合理的に擁護したく、研究、努力する。(農村衛生)

2.現代公衆衛生学の理論と指導原理を応用し、農村社会と農民生活を究明批判して、健康を妨げ、体力を消耗させる生活条件とその内容を改善、革新する。(調査研究と衛生指導)

3.農村の現実は、医療施設を至急求めている。したがって、医療施設の普及、促進と共に、公衆衛生指導の実践をすることで、医学の両面活動を展開する。(医療施設の普及)


態度

1.祖国文化建設の目的達成は、知識と技術だけでは到達できないと信じている。真理を探究する科学者には、奉仕の道徳と人格の修練が求められる。我等は、知識技術の練磨と共に、人格の修練を、この研究所の基本的態度として定めたい。(奉仕の道徳、人格の修練)

2.我等の農村の現実は、あまりにも難関が多すぎる。しかし、その難関を解決しなければならない現実と向き合っている。そのため、研究者は、多大な忍耐と努力が求められることを覚悟し、それを勇敢に突破して行こうとする。(忍耐と努力)

3.我等の事業は、国家と社会の絶対的な理解と協調を要求する。特に、青年医学生の奮発と協調で、使命を完遂していく。(協調精神)

翻訳:金允智(キム・ユンジ)

国際プロジェクト成功に不可欠な資質: Japanese Scientists in International Projects

最近、科学プロジェクトの多くが大型化して一国では賄うのが不可能になってきた。その結果、複数の国が協力し合って計画を推進する国際プロジェクトが増えている。その多くが、費用の50%近くを出す「主幹国」が存在しない「真の国際プロジェクト」となっている。

 こうしたプロジェクトの運営は複雑だ。半年に1回程度回り持ちで、コラボレーション会議を行い、そこで主要な成果を報告し、重要な案件を協議して決定するようにしている。コラボレーションの代表者は、主要な指導者で組織する運営会議でお互い話し合って選び、彼(または彼女)を補佐するさまざまな役割を分担する。当然、何かにつけて意見が分かれる。いくつかある技術的オプションの中でどれを、いつ、どのような手順で選択し、決定するかなど議論をすればきりがない。

 指導者同士で激論が続くこともある。その議論の中で、今までわからなかった問題点が次第に明確になり、その解決策を見つけて実効性を確認する過程が進行し、議論が収束してゆく。一方、両者が意地になって感情的な水掛け論が続き、議論がかみ合わなくなって、コラボレーションの運営に支障をきたす場合も少なくない。

 多くの日本人科学者が、このような国際プロジェクトに参加している。私が知っているのは天文と宇宙物理関係のほんの一握りの例であるが、地味ながら重要な部分を任されてコラボレーション全体から頼りにされている例が多いように見受けられる。少々、不思議に思い、自分の経験にも照らして考えた結果、多くの日本人科学者が、国際プロジェクトの成功になくてはならない資質を備えているのかもしれないと考えるようになった。それは、自分の名誉や利益よりも、プロジェクトへの忠誠心が高いことである。

 国際プロジェクトでリーダーシップを発揮するには、単に「よいアイデア」を持っているだけでは不十分だ。議論が暗礁に乗り上げたとき、対立する主張の良いところを取って、みんなが賛成できなくもない「落としどころ」を探る必要がある。それには、対立する両派の間で、右往左往するだけではうまくいかない。現状の問題点を正確に把握して、第3案を構築し、その確立に向けて静かに行動し、自分の技術と経験でそれを実証して見せる能力が必要だ。また、無視されがちな小国の不満も聞いて代弁する必要もある。本質的に重要な事項に関しては、万難を排して死守することも重要だ。

 日本人は小さな島国で資源を分け合って暮らしてきた。日本の中で「勝者がすべてを取る」という論理では、社会がうまく回らないことを肌で知っている。だから、争いを好まず「喧嘩(けんか)両成敗」を心がけ、「落としどころ」を探し、平和裏に折り合いをつけるよう努力を惜しまない。

 科学の世界だけではない。新興国の台頭など国際関係が複雑化する中で、圧倒的な軍事力を誇る超大国でも、それだけではリーダーシップを発揮できず、問題を解決できなくなっている。いわば「世界が日本化している」ともいえ、日本人が培ってきた特質が必要とされるのは当然のことかも知れない。

 侍は「奉仕する者」という意味であるという。そんな「サムライ精神」を持った日本人は、今後ますます世界で活躍するに違いない。

フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 2015年5月19日
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/150519/mca1505190500002-n1.htm
許可を得て転載

1st Workshop on Laser solutions for Orbital Space Debris報告

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2015年4月27日と28日の二日間で1st Workshop on Laser solutions for Orbital Space DebrisがパリのAstroParticule and Cosmology研究所で開催された。組織委員は、Christophe Bonnal, Prof. (Senior expert- Technicla Directorate - CNES - Launcher Directorate), Philippe Gorodetzky, Dr. (AstroParticule and Cosmology),
Gerard Mourou, Prof. (Director of IZEST - Ecole Polytechnique), Claude Phipps, Dr.
(Managing Partner - Photonics Associates, LLC), Mark Quinn, Dr (IZEST - Ecole Polytechnique)である。日本からは戎崎俊一(理研)、佐宗章弘(名古屋大学)、北澤幸人(石川島播磨、JAXA)が参加した。ヨーロッパを中心に約50人の研究者が参加した。
まず、会場であるAstroParticule and Cosmology (APC)研究所の所長であるS. Katsanevas博士から、挨拶と研究所のとの概要説明があった。APCはAstroParticle Physicsと宇宙論の研究を行う天体物理の研究所であるまた、パリ工科大学のIZESTの概要説明があった。IZESTは、超高輝度レーザーを使った次世代加速器の技術的・理論的基盤を企画する国際組織である。さらに、フランス宇宙機関のBonnal博士から宇宙デブリの憂うべき状況とその解決にレーザー技術が果たすかもしれない役割についての期待を述べた。
まず、Laser Tracking sessionでは、地上の観測所からのライダー観測によってデブリの検出感度と軌道決定精度の向上に関する4つの講演があった。現在、衛星は年に数回のデブリ回避運動を強いられており、軌道決定精度の向上によりその数が減ることが期待されている。また、衝突の可能性が高い場合は、軌道を少し変更して衝突を避けるnudgingが、現実的なデブリ増殖をとめる重要な選択肢であるとの指摘があった。
午後のLaser interactions sessionでは名古屋大学の佐宗が、レーザーによるプラズマアブレーションによる反力の発生過程の実験的研究を紹介した。また、真空チェンバー内で宇宙機のプラモデルの回転がタイミングを合わせたレーザーパルスにより効率的に止めた実験のビデオとその結果の紹介を行った。この実験は会議参加者の多くから強い興味が示された。また、Rutherford Appleton研究所のNeely博士から、レーザーパルスを短くして最大輝度を高くしても、100ps以下では、プラズマとの相互作用によりカップリング係数(反力とレーザーエネルギーの比)が向上しないことの実験的研究の説明があった。
 さらに、Ground Based Remediation sessionでは、地上のライダー観測施設のレーザー出力を強化して、地上から射出した高輝度ビームによりデブリの起動速度を変えてNudgingもしくは再突入に導く可能性についての研究報告があった。大気を通してレーザービームを照射するので、大気による屈折と擾乱を如何に抑えるもしくは補正するかが重要である。その観点からレーザーガイドスターを使った補償光学システムの報告もあった。
二日目の28日の午前のLaser technology sessionでは、ファイバーレーザーを多数並列に使ってファイバーの本数に比例して出力の向上するCAN (Coherent Amplification Network)技術の紹介があった。すでに、フランスのThalesでは、百本レベルのビーム並列発振が実現されたとの報告があった。これを宇宙機に搭載できる可能性がある。また、レーザーの励起光に太陽光を直接使う太陽光励起レーザーの開発が紹介された、太陽光からの変換効率として5%程度、出力として数十Wのレーザーシステムが実現しているとの報告があった。
 午後のSpace Based Remediation sessionでは、戎崎が最近発表した超広視野望遠鏡EUSOとCANレーザーを組み合わせたデブリ除去ミッションに関して報告した。EUSOは超高エネルギー宇宙線観測用に15年かけて理研、APCなどの研究者が協力して開発してきた。この望遠鏡は100km距離にあるデブリの太陽光反射を検出することが可能である。それで位置と運動方向を決め、レーザー探索ビームで位置と距離を正確にきめて、高輝度レーザーによる軌道変更を行うというアイデアである。多くの技術的困難が存在しているが、国際宇宙ステーションをそのテストベッドとして使用し、技術実証を繰り返し行うことで、その多くが克服できると主張された。多くの参加者が強い興味を示し、今後真剣に検討すべき新しい可能性であることが認識された。また、APCのGorodetzky博士からmini-EUSO (口径25cm)の小型EUSO宇宙ステーションに2017/18搭載予定なので、それにタイミングを合わせてレーザーを用意できれば、最初の技術実証実験(検出とレーザー照射)が可能であるとの報告があった。
 宇宙物理、宇宙工学、レーザー工学など様々な分野の研究者が集まってそれぞれのアイデアを交換できた大変有意義な研究会で会った。最後に次回会合として、佐宗が、2016年ごろに名古屋大学で開催する可能性があることを提案し、今後具体的な検討がなされることとなった。
以上
2015年4月28日
戎崎俊一(理研)、佐宗章弘(名古屋大)