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ブラックホール連星の起源と超巨大ブラックホールへの成長:The origin of blackhole binary and the formation of supermassive blackholes.

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多くの銀河の中心核に太陽の100万倍から10億倍の質量をもつ超巨大ブラックホール(SMBH)があることは、星とガスの運動学研究からはっきりとしてきた。一方、その形成機構は良く和分かっていない。その一つの理由は、恒星質量ブラックホールと超巨大ブラックホールとの間の質量をもつ「中間質量」ブラックホールが発見されていないことにある。X線天文衛星ASCAとChandraのスターバースト銀河M82の中心部分の観測の観測により、このミッシングリンク、中間質量ブラックホールが発見された。Subaru望遠鏡による引き続きの観測で、この中間質量ブラックホールの位置が、若いコンパクトな星団に一致していることが分かった。

これらの発見を総合して、Ebisuzaki et al. 2001は、超巨大ブラックホールの新しい形成シナリオを提案した。このシナリオにおいては、中間質量ブラックホールは、若いコンパクトな星団における大質量星の暴走的な合体で作られる。これらの中間質量ブラックホールが形成されている間に、それを含んだ星団が銀河中心核に力学摩擦で落下する。銀河中心核に近づきすぎると、星団が破壊されて中間質量ブラックホールが、放出される。このような中間質量ブラックホールが二つ集まって連星系を作り、最終的には重力波を放出して合体する。このような中間質量ブラックホールの合体を通して銀河中心核のブラックホールは成長し、ついには超巨大質量に至ると考えられる。

先に報告された重力波バーストは、36太陽質量と29太陽質量のブラックホール連星合体によるものとされている。これは、上記のシナリオの中の初期の過程によるものと考えられ、それを強くサポートするものである。

1) Ebisuzaki, T. et al. 2001, MISSING LINK FOUND? THE “RUNAWAY” PATH TO SUPERMASSIVE BLACK HOLES, Astrophysical Journal Letters, 562, L19-L22.

2) Abbott, Benjamin P.; et al. (LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration) (11 February 2016). "Properties of the binary black hole merger GW150914". arXiv:1602.03840.

ストレスを受けた植物の世代をまたいだレトロ転移をsiRNAが妨げている:An siRNA pathway prebvents transgenerational retroposition in plants subjected to stress

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真核生物のゲノムは、かなりの割合をレトロトランスポゾンで占められている。ただし、その活動は宿主のエピゲノム機構で制御され、不必要な場合は抑制されている。しかし、この抑制機構の詳細はわかっていない。Ito et al. 2011は、熱ストレスをかけたArabidopsisの実生苗において、ONSENという名前を付けたレトロポゾンの転写が活性化し、染色体外DNAコピーとして、細胞内に存在することを示した。小型干渉性RNA (siRNA)遺伝子が発現しないような変異株の場合、転写産物量と、染色体外コピー数がさらに増加した。熱ストレス後、ONSENの転写と染色体外DNAは、次第に減少し、20-30日後には検出できなくなるが、siRNAが欠失した変異体では、その子孫のゲノムにONSENの新しい挿入が高い頻度で観測された。挿入パターンの解析から、世代を超えたレトロ転移が花芽の分化時の配偶子形成以前に起こっていることが分かった。したがって、siRNA生合成不全のArabidopsisにおいては、生殖細胞の分化の際にONSENが転移でき、ストレスの記憶が分化の際に維持されることを可能にしている。その結果子孫が、新たな遺伝子型のバリエーション(子孫同士の遺伝子型も異なる)を持つことになる。

ストレスをかけた野生型の植物体の子孫にもストレスをかけなかったコントロールの植物体にも、レトロ転移は観察されなかった。これはsiRNAが、環境ストレスによって誘導されるトランスポゾンの転移を制限していることを示している。Ito et al 2011は、天然でも、あるいは変異株で誘導された場合でも、ONSENのエクソン内への挿入変異体が生じ、熱応答に貢献していることを見出した。このことは、トランスポゾンの誘導と、それによる転移の爆発的な増加が、新規なストレス応答性の遺伝子制御ネットワークの構築に貢献していることを示しているのかもしれない。
(一部、奈良先端大、大島氏の協力を得た)

1) Ito, H. et al. 2011, An siRNA pathway prevents transgenerational retroposition in plants subjected to stress, Nature, 472, doi:10.1038/nature09861.

地球型惑星への揮発成分降着の歴史: Volatile accretion history of the terrestrial planets and dynamic implications

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地球、火星、金星は、非常に違う歴史を持っている。地球はプレートテクトニクスが活発で、液体の海があり、生命が育まれている。火星は、大気は薄く、明白なプレートテクトニクスの証拠はなく、水圏もなく、生命の手掛かりはない。金星は硫酸の雲を持つ分厚い二酸化炭素の大気で覆われており、その表面は灼熱の地獄である。生命を語るとき最初に問題になるのが液体の水の存在である。水の存在は、惑星マントルの粘性学的な性質を変えて、プレートテクトニクス起動の条件を与える。最近の動力学的な計算は、太陽系内部(太陽のそば)にあった原始惑星は、乾燥条件で生まれ、後になって成長した巨大惑星が、氷に富んだ小惑星の軌道を乱して内側に送り込み、水を運ばせたことを示唆している。

Albarede 2009は、地球と他の地球型惑星の揮発成分の少なさの理由は、それが揮発によって失われたのではなくて、惑星を作った材料物質のへの凝集が不完全だったことが原因だったと考えている。

地球は、表面の液体の海、いろいろな形の表層水、そして、鉱物の中の含水鉱物の形で存在する。90kmを超える深さでは、水はセリウムのような不適合元素と同じような振る舞いをする(Mitchel et al. 1995)。H2O/Ce比は、それぞれ上部と下部マントル物質からの溶融物からつくられた中央海嶺玄武岩でも、海洋島玄武岩でもだいたい200である。このような強い制限により、マントルにある水の総量は海洋の総量と同じぐらいで、マントル全体の150-350ppmであり、海も含めたときの総量は、300-550ppmである(Saal et al. 2002; Marty and Yokouchi2006)。

惑星は太陽系星雲から凝縮した固体成分が降着して作られる(Wyatt 2008)。原始太陽が放出する強い電磁風が太陽系星雲を吹き飛ばしてしまうので、固体粒子がなくなってしまうだいぶ前にガスがなくなってしまう。地球を形成するほとんどの固体成分は「雪線」の内側にある。これはこれより外側では水が凝縮する境界である。揮発性の指標としてよく使われる値はT50である。つまりその元素が50%揮発する温度のことだ。ここで、難揮発性のウラニウム(T50=1610K)とより揮発性の高いカリウム(T50=1006K)を比べよう(Lodders 2003)。K/U比は惑星の揮発元素が難揮発性元素に対してどれくらい少ないかを見る指標となる。太陽の光球(したがって太陽系全体の平均)ではK/U比は60,000であり(Tayler 1984)、地球ではだいたい10,000である(Jochum 1983; Wassenburg 1964)。これは、地球は85%、Kが少ないことを示している。一方で、月のK/U比は3,000で欠失が95%に達していることを示している。火星隕石のK/U比は、落下してから採取されるまでの長期の変成を考慮しても<20,000である(Lodders 1998)。また、92-98%の欠乏ががZn、Ag、As、Sb、Sn、Pbそして最も重要なことにSにみられる(Dreibus
and Paime 1996; O'Neil and Palme 1998)。

揮発性元素の欠失を説明するためには、揮発性元素が凝集するに十分なほど温度が下がる前に、太陽系星雲のガスが太陽からの高エネルギー放射により、吹き飛ばされたと考える必要がある。ほとんどの元素は、非常に狭い温度範囲で凝集する。その結果、ある特定の揮発性を持った一群の元素の凝集率は温度が下がるにつれて、階段状に変化する(Lodders 2003; Grossman 1972; Larimer 1967)。白金族元素、Al、Ti、Zr、Wとほとんどの希土類元素とアクチノイド元素は超難揮発性で1600K以上で凝集し、コンドライトの難揮発性包有物に豊富に含まれている。それに続くのは、Si、アルカリ土類、遷移金属などの難揮発性親石元素で、1300Kで凝集し、コンドライトに典型的に見られる。次に、揮発性が高いのは、1150-850Kで凝集する高温親銅元素(As、Ga、Ge、Cu、Ag)、塩素とアルカリ元素(Li、Na、K、Rb、Cs)である。。低温親銅元素(Pb、Bi、Sn、Zn、Cd、Te)とその他のハロゲン元素はさらに揮発性が高い。残りの最も揮発性の高い元素は、N、C、Hgである。若い太陽の電磁放射が星雲のガスをまだ温度がのアルカリ元素の凝集温度(800-1000K)時に吹き払い、それよりも揮発性の高い元素の凝集を妨げたのだ。

一方で、雪線の外側では水と揮発元素はたくさん存在する。レイトべニア仮説は、アステロイド帯にあるCIコンドライトが、地球の固化後のある時に少量加わったとするものある(Chou 1978)。これは、白金族のような現在の高度に親鉄性の元素の過剰を説明するために考えられた。上に議論したように、ほとんどの揮発性元素の欠失は、低温のCIコンドライト物質の降下が2-5%以下でなければならないことを示している。それは、地球の水の総量を説明するのに必要な0.3%の付加よりもかなり多い。

惑星成長は以下の三段階に分かれるとされている(Wetherill 1986)。1)塵の惑星系星雲の赤道面への沈降とキロメートルサイズの微惑星の形成、2)微惑星の火星サイズの原始惑星への暴走的成長、3)原始惑星どうしの合体による現在の質量への成長。いつ、ガスが吹き払われたのかはよくわからないが、ガスがない固体粒子の円盤が3Myrぐらいで自壊してしまうことを考えると、惑星はガスが吹き払われる前にかなり成長したと考えられる。

D/H比が3x10^-4の彗星(Bockelee-Morvan 1998)による水の供給は、地球の海洋のD/H比(=1.5x10^-4; Huebner 2000; Lecuyer et al. 1998)を説明できないので、炭素質コンドライトが地球の水の源であると考えられる(Drake and Righter 2002; Robert 2001)。太陽系内での成長中の原始惑星の軌道は数値計算で調べられている(Raymond et al. 2006)。星雲のガスがある間は、地球軌道のような内側の太陽系では温度が高くで、水は凝集できななかった。このような時期、成長しつつある原始惑星への降着は局所的で、雪線の内側では、ほとんど水なしだったと考えられる。月形成の巨大衝突時に地球が湿っていてかなりの量のレイトべニアがあったとすると月のマントルが地球に比べて揮発性元素が少ないことがうまく説明できない。

水の降着のメカニズムは、3つの重要なイベントの相互時間関係によっている。それは、地球のコアの形成、月形成の巨大衝突、そして、レイトべニアの到着時期である。地球と月のケイ酸塩の中の182Wの超過が同じであることは、巨大衝突がカルシウムとアルミニウムに富む包有物の形成から60Myrに巨大衝突が起こっていることを要求する(Touboul et al. 2007)、衝突した二つの物体がほとんど同じHf/W比を持っていない限りは。もしそうだとすると、その時間は30Myr以内になる(Klein et al. 2002; Yin et al. 2002)。

PBはT50=725KでZnと同じような揮発性元素だから、レイトべニアがあるとPb-Pb年代測定に影響を与えるはずである。実際、地球の古い長石と方鉛鉱の年代は太陽系の年齢よりも50-160Myr若い(Alberede et al. 1984)。放射性起源のPbの集積が遅れているということは、コンドライトのような238U/204Pbが非常に低い小惑星が、揮発性元素が欠乏している原始地球に衝突したと考えるとよく説明できる。月のマントルの238U/204Pb比は、現在の地球のマントルの200-600倍で、CIコンドライトの1000-10000倍である。これは、地球のPbの99%がレイトべニアで付加されたことを示している。

1) Albarede, F. 2009, Volatile accretion history of the terrestrial planets and dynamic implications, Nature, 461, 1227-1233.
2) Mitchel, P., 1995, Regionally distinctive source of depleted MORB: evidence from trace elements and H2O, Earth Planet. Sci. Lett., 131, 301-320.
3) Saal, A. E. et al. 2002, Vapour undersanturation in primitive
mid-ocean-ridge basalt and the volatile content of Earth's upper mantle, Nature, 419, 451-455.
4) Marty, B. and Yokouchi, R., 2006, in Nominally Anhydrous Minerals (eds. Keppler, H. and Smith, J.R.), 421-450 (rev. Mineral. Geochem. 62, Mineral Soc. Am.)
5) Wyatt, M.C. 2008, Evolution of debris disk, Ann. Rev. Astron.
Astrophys., 46, 339-383.
6) Lodders, K., 2003, Solar system abundances and condensation
temperatures of the elements. Astrophys. J. 591, 1220-1247.
7) Taylor, S. R., 1984, in Origin of the Moon (eds Hartmann, W. K., Phillips, R. J. & Taylor, G.J.) 125-143 (Lunar Planet. Inst.).
8) Jochum, K. P., Hofmann, A. W., Ito, E., Seufert, H. M. &White, W. M. K., 1983, Uand Th in mid-ocean ridge basalt glasses and heat production, K/U and K/Rb in the mantle. Nature, 306, 431-436.
9) Wasserburg, G. J., MacDonald, G. J. F., Hoyle, F. & Fowler, W. A., 1964, Relative contributions of uranium, thorium, and potassium to heat production in the Earth. Science 143, 465-467.
10) Lodders, K., 1998, A survey of shergottite, nakhlite and chassigny meteorites whole-rock compositions. Meteorit. Planet. Sci. 33, A183-A190.
11) Dreibus, G. and Palme, H., 1996, Cosmochemical constraints on the sulfur content in the Earth’s core. Geochim. Cosmochim. Acta 60, 1125-1130.
12) O’Neil, H. & Palme, H., 1998, in The Earth’s Mantle, Composition, Structure and Evolution (ed. Jackson, I.) 3-126 (Cambridge Univ. Press).
13) Grossman, L., 1972, Condensation in the primitive solar nebula. Geochim. Cosmochim. Acta 36, 597-619.
14) Larimer, J. W., 1967, Chemical fractionations in meteorites ? I. Condensation of the elements. Geochim. Cosmochim. Acta 31, 1215-1238.
15) Chou, C. L., 1978, Fractionation of siderophile elements in the Earth’s upper mantle. Proc. Lunar Planet. Sci. Conf. 9, 219-230 (1978).
16) Wetherill, G. W., 1986, in Origin of the Moon (eds Hartmann, W. K., Phillips, R. J. &Taylor, G. J.) 519-551 (Lunar Planet. Inst.).
17) Bockele´e-Morvan, D. et al., 1998, Deuterated water in comet C/1996 B2 (Hyakutake) and its implications for the origin of comets. Icarus 133, 147-162.
18) Huebner, W., 2000, Composition of comets: observations and models. Earth Moon Planets 89, 179-195.
19) Le´cuyer, C., Gillet, P. and Robert, F., 1998, The hydrogen isotope composition of seawater and the global water cycle. Chem. Geol. 145, 249-261.
20) Drake, M. J. and Righter, K. 2002, Determining the composition of the Earth. Nature 416, 39-44.
21) Robert, F., 2001, The origin of water on Earth. Science 293,
1056-1058.
22) Raymond, S. N., Quinn, T. & Lunine, J. I., 2006, High-resolution simulations of the final assembly of Earth-like planets I. Terrestrial accretion and dynamics. Icarus 183, 265-282.
23) Touboul, M., Kleine, T., Bourdon, B., Palme, H. & Wieler, R., 2007, Late formation and prolonged differentiation of the Moon inferred from W isotopes in lunar metals. Nature 450, 1206-1209.
24) Kleine, T., Mu¨nker, C., Mezger, K. & Palme, H., 2000, Rapid accretion and early core formation on asteroids and the terrestrial planets from Hf-W chronometry. Nature 418, 952-955 (2002).
25) Yin, Q. et al., 2002, A short timescale for terrestrial planet formation from Hf-W chronometry of meteorites. Nature 418, 949-952.
26) Albarede, F. & Juteau, M., 1984, Unscrambling the lead model ages. Geochim. Cosmochim. Acta 48, 207-212.

土曜日は休みにあらず 将来のために戦略的に利用しよう

 週休2日制が始まって30年近くになるように思う。それ以前は、土曜に学校は午前授業、役所やほとんどの会社も午前中は通常営業し、午後だけ休みだった。この“半ドン”曜日の存在はなかなか味があり、午前中の業務の後、放置していた事項を片づけたり、勉強したりするのに便利だった。学校では、土曜の午後はクラブ活動や先生方の研修が盛んに行われていたと思う。

 私が、東大の大学院生(理学系大学院天文学専攻)の頃は、指導教官の杉本大一郎教授が駒場から本郷の天文学教室に来られて、学生や共同研究者(多くは卒業生)が集まり、午後半日セミナーを行っていた。そこでの議論は、活発かつ激しいもので、入学して最初に参加した当初は目まいがしたくらいだ。私が最初に発表させてもらったとき、私がしゃべったのは最初の10分ほどで、私が出した結果をめぐって先生と先輩たちが、延々と議論を勝手に続け、勝手に結論を出し、「分かった。君、次はこうしなさい」と指示されたのを今でもよく覚えている。

 その小一時間、先生と先輩の間で交わされる速攻の議論のほとんどを理解できず、もちろん一言も発言させてもらえず、途方に暮れて呆然(ぼうぜん)と立っていた。しかし、この土曜日のセミナーは私にとってかけがえのないものとなった。研究戦略の立て方、シミュレーション手法、論文の読み方や書き方、論文レフェリーへの対応法、共同研究の作法など研究者として重要なことは全部そこで身につけたように思う。先生は、学務や会議から解放されて、天体物理学の議論に没頭できる数時間を楽しんでおられたと思う。

 近頃では、週休2日制は完全に定着し、土曜日も当然の権利として休む人がほとんどだ。今や、日本は祝祭日の日数は欧米諸国に比べても多いように思う。それらと週休2日を全部休日として使うとなると、「日本人は一体いつ働くのだ?」というような疑問が湧いてくるほどだ。実際、理研で一緒に働く外国人は「日本人が勤勉なんて嘘だ。休日と祝日だらけではないか」と指摘している。かといって、完全に定着した週休2日制をいまさら土曜半ドンに戻すのは、難しいようにも思う。

 そこで、土曜日を休みの日と考えず、戦略的に使うことを個々で考えてはどうだろうか? つまり、通常は出来ないまとまった仕事や勉強をする、少々骨のある本を読破する、作業ツールの整備をする、英語やソフトウエアの講習を受けて自分のスキルアップに努める、学会活動や講習会に参加する、ボランティアや社会活動に参加する、真剣な趣味に没頭する-などを戦略的に行う日にするのだ。

 これらの活動は、直接仕事には関係しないかもしれないが、人生を豊かにし、人的ネットワークを広げる。こうした経験は、非常事態に役に立つものだ。

 もちろん、子育て中や介護中など重い負担を抱えている場合は、土曜日も関係なく作業を行わざるを得ないだろう。それはそれでよいと思う。そのような苦労の経験は、人間を成長させ、必ず将来役に立つはずだ。

 土曜日は休みにあらず。将来の自分のため、家族のため、社会のため、世界のために戦略的に使う日としよう。

フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 2016年1月22日

科学における論文の重要性 時を超えて社会全体の知恵に昇華

 科学者にとって論文を書くことは最も重要な仕事である。科学研究の主要な最終生産物は論文である。それは、論文を書いて出版することにより、多分に属人的な発見や発明が、社会全体の知恵に昇華するからである。論文を読めば、誰でも(一定以上の技量と設備を持っていれば)発見された現象を再現し、自分のものとすることができる。それは、改めて試行錯誤して再発見するよりずっと短時間ででき、しかも簡単で経費もかからない。

 このように貴重な発見・発明を公表することの代償として、科学者たちは自分の論文の中でその論文を引用し、その発見に対して敬意を表す。このようにして発見や発明が論文を単位として、科学界に流通する仕組みになっている。多数の科学者の仕事がネットワークを形成し、総体として理解が進んでいくのだ。

 例えば、ノーベル賞が出版された科学成果のみを対象としているのも、その表れである。いかに素晴らしい発明をしても、論文として書いて、出版して世の中に公表しなかったものは、科学界では評価されない。

 また、単純な事実としての発明や発見は、それだけではその価値の一部でしかない。それを整理し、過去の結果と比較することにより、研究史上に正しく位置付けられることが、それにもまして重要だ。それは論文を書く過程で得られる。何か重要そうな事実を発見したとき、その意味がはっきりしていないことが多い。自分のデータを整理し、過去のデータ(論文で得た他人のデータと研究室内にある未発表のデータ)と比較し、仲間と議論することにより、その意味と研究史上の位置付けがだんだんと明らかになってくるのである。それは属人的な発見・発明を、流通可能な社会知にする知的で創造性を要求する重要な作業である。その過程で得られた俯瞰(ふかん)的な描像は論文の著者と読者に研究の次の方向に関する貴重な示唆を与える。

さらに、論文は時を超える。科学者は論文の書き方に関しては極めて保守的で、その基本形式はガリレオ以来、ほとんど変わっていない。ガリレオとわれわれは論文を通して400年もの時を超えて語り合えるのだ。逆にいえば、今われわれが書いている論文は400年後の後輩科学者への手紙でもある。私はこんなふうに研究して、こんな結果を得たよ、という。私の10世代後の研究者が、私の論文を読んで、「よくぞこんなマイナーな研究を400年前にやっておいてくれた。助かった」と感謝されるかもしれない。実際、私は、自分が生まれた頃の論文を読んでは、感謝しきりの毎日だ。

 最後に、いったん出版されれば、全世界にコピーが存在することになるので、そこに書かれた発明・発見は、国家レベルの事故や災害でも失われることがなくなることも指摘しておこう。

 したがって、論文は科学者にとって「お金」と同等の意味を持つ。多くの引用があり、誰もが知っているいい論文を書いた著者は、尊敬され、信用される。研究費も集めやすい。したがって、論文に不正があるということは、経済行為でいえば、偽金を造ったり、借金を返さないで平気でいるというような行為と同等な悪いことであると科学者は考えている。

 もちろん、人事を尽くしても間違いや考え違いの可能性は常に存在する。かつて誰も知らない未踏領域を研究しているのだから。自分の間違いに気づいたら、何がどうして、どこで間違いが起こったかを調べて、報告することはむしろ勇気あることとして称賛されることが多い。そのようにして、後に続くものが同じ間違いを犯さないように、記録を残すことも先人の役目である。

 繰り返すが、論文は科学研究の主要な最終成果物である。科学者の給料は、この論文を書くという行為に対して払われていると私は思っている。

サンケイビジネスアイ 2015年12月11日 許可を得て転載

大秀才・吉田松陰の「夢」 ペリーと海外に渡っていたら日本の歴史は変わった

 明治維新の思想的柱となった吉田松陰の著作集を読んだ。松陰は、明治維新とその後の日本を語るには欠かせない思想家だ。当時、西欧諸国のアジア進出が進み、既に清は蚕食されて国の体をなしておらず、日本も遠からず同じ運命をたどる危機にあった。どうやって日本の独立を守るか。彼の思考はその一点に集中する。彼の出した処方箋は、以下の3つに集約されると思う。

 1)鎖国をやめ開国して、諸外国と対等に付き合う。

 2)海外の進んだ科学技術を学んで、殖産興業、富国強兵に努める。

 3)天皇の直下に大学を作り、教員も学生も身分によらずに集めて、上記の核とする。

 この処方箋は今から見ても基本線として正しい(今でも小国が独立を維持するためには同じことをしないといけない)。針穴を通してみるようにしか海外の情報を得られなかった彼の状況を考えると、この正しさは奇跡的であると私は思う。しかし、より具体的な策を立てるためには、この情報の少なさを打開しなければならない。そこで彼は、ペリー艦隊を頼って米国への密航を企てる。

 密航に失敗した彼は、自首して獄に下った。毛利藩預かりとなった後は、野山獄および松下村塾で教育に邁進(まいしん)する。その中から明治維新の原動力となった若者が輩出する。まことに明治政府はほぼ彼の処方箋に従って行動し、日本の独立を確保した。一方、針穴を通してみた世界の知識で作った彼の思想は、古事記・日本書紀に書かれた古代日本を理想とし、それを彼の思想の裏付けとした(そうせざるを得なかった)。この偏狭さは、明治・大正・昭和前半の日本政府の指導原理に限界を与えたと思う。

 歴史にif(もしも)は禁物だが、彼の米国密航が成功し、この大秀才が世界を自分の目で見たら何が起こっていただろうか。勉強家の彼は、1年もたたないうちに、世界の歴史とその変動原理の本質を理解し、さらに高い観点から日本を導く指導原理を構築したに違いない。既に彼の著作の中に、民主主義や自由の概念の萌芽があるように思う。天皇の下の四民平等という概念は、侍が政治と軍事を独占する封建主義より、民主主義にずっと近い。世界を見てさまざまな政治体制の得失を学んだら、彼は、天皇を中心とする立憲君主制に最終的には至ったと私は夢想する。

 日本の立憲君主制は、松陰の弟子の伊藤博文によって一応の成立をみる。残念ながら、彼はその勘所を把握できていなかったと思う。松陰の緻密な頭脳で詰め切って理解したであろう、さまざまな政治体制の利害得失を、弟子たちに教える機会があったら、日本の最初の立憲君主制はより機能するものになったのではないだろうか。松陰がこれを把握するまでに2年として、日本に帰って若者にこれを教える時間はまだあったと思う。

 ペリー提督は日本の開国に成功したかも知れないが、大きな誤りを犯したと思う。彼がもし松陰を受け入れていたら、その後の日米関係は、全く違ったものになったはずだ。一方、佐久間象山はペリー提督に頼んで留学生を送り出すことを、幕府に進言していたが、実現しなかった。もし、これが実現していたら、象山と松陰の関係からして、松陰が留学生の一員になっていた可能性が高い。その場合、松陰はあれほど討幕に突き進まなかったと私は思う。歴史にifは禁物だ、しかし…。

フジサンケイビジネスアイ「高論卓説」2015年11月3日 許可を得て転載

李永春博士の農村衛生研究所設立趣旨文

 ■科学者に求められる人格の修練

 韓国のシュバイツアーと称される李永春(イ・ヨンチュン)博士の手による農村衛生研究所設立趣旨文をここに紹介したい。2013年5月に母とその故郷である韓国の群山(グンサン)を訪ねた折に、李永春家屋を訪問し、そこに展示されていた本趣旨文を撮影した。

 その翻訳を同行してくれた金允智(キム・ユンジ)さんにお願いしていた。翻訳されてきた文章は、国民の困難に立ち向かう高潔な博士の人柄を反映し、素晴らしいものだった。特に、最後の「態度」の部分は、そのまま理化学研究所のモットーにしたいほどのものだ。

 母は帰国後、あの建物と風景は見覚えがあると言い出した。母の家族は群山で鉄工所を営んでいた。小学校の時にアデノイドの切除手術のために入院したという。その執刀は、李永春博士ご自身だったかもしれない。

 李永春家屋は、当時この周辺の大地主だった熊本利平が建てた別荘だった。日本の京大の博士号を取得した李永春博士は、熊本農園で医者として働く傍ら、韓国農村部の衛生状態の改善のため、農村衛生研究所の設立を志した。

 熊本氏は、その意義を認め、熊本農場の利益で農村衛生研究所の運営費を支弁することに合意したが、日本の敗戦でそれがご破算になったという。

 その後、李永春博士は大変な苦労をして、農村の衛生状態の改善に努力し、韓国のシュバイツアーと称されるほどの業績を残した。

◆農村衛生研究所設立趣旨文

 ▽研究所の目的と態度

 個人の一生に長短と盛衰があるように、民族においても盛衰興亡がある。

 人類史上、輝かしい文化を作り上げたローマとギリシャ民族は、都市の文化生活の産物である贅沢(ぜいたく)と享楽、堕胎の流行と健康の衰微により、民族生物学的退行現象の現れと共に、異民族による置換で衰亡した事実は、歴史的文化民族と現代の文化国家でも、事実として立証されつつある。民族の将来は、まさにその民族の健康(質)と人口の増加(量)にかかっていることが分かる。

 われわれは、過去40年間異民族の統治下で苦しみながらも、民族の純粋性と固有文化を確保しつつ、現代文明を吸収し、社会の各方面で多くの発展を成し遂げた。しかし、このような発展は都市部に集中していて、我らの農村は40年前とあまり変わらず、むしろ、農村の核となるべき人物のほとんどが都市に移住してしまっている。まるで、活気を失った去勢者のようだ。<中略>

 ▽目的1 民族の永遠な発展は、健全な農村にその源泉があることを確信し、医学上合理的に擁護するため、研究、努力する。(農村衛生)

 ▽目的2 現代公衆衛生学の理論と指導原理を応用し、農村社会と農民生活を究明批判して、健康を妨げ、体力を消耗させる生活条件とその内容を改善、革新する。(調査研究と衛生指導)

 ▽目的3 農村の現実は、医療施設を至急求めている。したがって、医療施設の普及、促進と共に、公衆衛生指導の実践をすることで、医学の両面活動を展開する。(医療施設の普及)

 ▽態度1 祖国文化建設の目的達成は、知識と技術だけでは到達できないと信じている。真理を探究する科学者には、奉仕の道徳と人格の修練が求められる。われらは、知識技術の練磨とともに、人格の修練を、この研究所の基本的態度として定めたい。(奉仕の道徳、人格の修練)

 ▽態度2 われらの農村の現実は、あまりにも難関が多すぎる。しかし、その難関を解決しなければならない現実と向き合っている。そのため、研究者は、多大な忍耐と努力が求められることを覚悟し、それを勇敢に突破して行こうとする。(忍耐と努力)

 ▽態度3 われらの事業は、国家と社会の絶対的な理解と協調を要求する。特に、青年医学生の奮発と協調で、使命を完遂していく。(協調精神)

フジサンケイビジネスアイ 2015年10月1日
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「反証」とカメレオン 科学革命引き起こす実験家の精神

 科学的仮説は「もし条件Pが真であるならば、観察可能なQが生じる」という条件命題の形をとっている。しかし、Qが観察されたからと言って、Pが正しいとは言えない。Qを生じる別の仮定が存在してもいいからである。だが、Pが真であるにもかかわらず、Qが生じなかった場合には、Qの原因としてのPは一義的に否定できる。科学哲学者のカール・ポパーはこのことに目をつけて、「反証」という手続きの重要性を強調した。
 ポパーによれば、科学の歴史は「仮説の提起とその反証」という試行錯誤のプロセスであり、競合する諸理論は、反証による自然淘汰(とうた)のふるいにかけられ、やがては無限遠点にある「真理」に漸近してゆく。このポパーの手法だけが唯一、確実な前進を約束していることを科学者はよく知っている。
 さて、このポパーの反証を手掛かりとする手法にも、問題がある。
 その一つがいわゆるカメレオンモデルの問題である。カメレオンモデルは、多くの変数を包含しており、観測されたほとんどあらゆる現象に適合するので、反証が困難である。動物のカメレオンのように、周りの環境に合わせて体の色や模様を変えてしまうわけだ。一般に、たくさんの変数を内在させておけば、その中で働いている論理が本当の論理と違う場合でも、それらしい答えを出すモデルを構築することが可能である。したがって、カメレオンを見分けないと判断を誤る。表皮細胞の色という無数の変数を持つカメレオンは「リンゴ」に見える模様を作りだすことはできるが、そこに本当のリンゴがあるとは限らない。複雑な現実に合わせようと、たくさんの科学者が個別に努力した結果、意図せずして立派なカメレオンモデルができることがある。
 コンピュータープログラムがこの問題を深刻にしている。カメレオンは古いプログラムに保護されて生き残るのだ。コンピュータープログラムが科学に使われるようになって50年がたち、3世代を経たものがある。このような古いプログラムの多くは、誰も中身が分からなくなっている。書いた本人でさえ、詳細は忘れている。多くの場合、古いプログラムはその時々の都合で導入されたわけのわからない変数の宝庫である。また、初期のプログラム者が設定した適用範囲を超えて使っていることもある。
 では、どうやったらカメレオンをあぶり出せるのか?
 一般的な処方箋はないが、見分けるためのポイントはある。カメレオンは「後知」は完全だが、「予知」は苦手だ。新しい観測・実験事実が出たときに馬脚を現すことが多い。ただし、その馬脚は新しい「ちょっとした変数」の導入か変数値の調節で消えてしまう。そういうことを繰り返しているモデルには、たいていカメレオンがいる。いざとなると「想定外」を連発、1年もすると「対応済み」になるというあのおなじみのパターンは、カメレオン注意報である。
 そのようにして、古い旅館のように建て増しを繰り返して訳が分からなくなってきたモデルやプログラムは、あるときこれでは駄目だと考える個人やグループが現れて、一から直截(ちょくせつ)に作り直す運動が起こり、科学革命が進行する。科学史家、トーマス・クーンの科学革命の実態はこういうところにあるのだろう。
 多くの場合、観測・測定精度が格段に進歩してしまうと、対象の形や変化がつぶさに見えてしまうので、カメレオンがばれてしまうことが多い。アーダ、コーダと議論をする前に、さっさと測ってしまう実験家の精神は、常に大事である。

フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 2015年9月22日
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ウナギ幼生の比重:Specific gravity of eel larvae

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図1:ウナギのレプトケファルスの体表全体に分布する塩類細胞

ウナギの幼生(レプトケファルス)の比重は1.019-1.025であり、比重が1.023-1.024(22度―26度)の海水に対して浮力を持っている。これは海生生物で最も低い値である(Tsukamoto et al. 2009)。

ウナギのレプトケファルスの体表全体に、塩類細胞が分布して、体内からNa+とCl-などの塩類を排出し、体内の浸透圧を低く保っている(図1; Sasai et al. 1998)。ウナギの20-40mmサイズのレプトケファルスは体内液体の浸透圧を450 mOsm/kgH2Oに維持している。海の水の浸透圧は1050 mOsmであるので、その分比重を軽くできる。一方、生きているクラゲの浸透圧は1054mOsmだった。硬骨魚類の成体は血漿の浸透圧を300 mOsmに保っている。レプトケファルスの浸透圧はクラゲと硬骨魚類の中間の値を取っている。

また、レプトケファルスの浮力調節は、その体の大部分を占め90-95%もの含水率を持つグリコサミノグリカン(GAG)の細胞外基質ゲル化によっても実現されている。

1) Tsukamoto, K. et al. 2009, Positive buoyancey in eel leptocephali: an adaptation for life in the ocean surface layer, Mar. Biol, 156, 835-846.

2) Sasai, S. et al. 1998, Morphological alterration in two types of gill chloride cells in Japanese eels (Aguilla japonica) during catadromous migration, Can J. Zoo, 76, 1480-1487.

硬骨魚類の海水適応ホルモンを探る:Exploring novel hormones essential for seawater adaptation in teleost fish

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海生の魚類は高い浸透圧を持つ海水の中で脱水してしまうが、腸で吸収された過剰なイオン、特にNa+とCl-を排泄する能力を持っていれば、周りの海水を飲んでバランスを保つことができる。このような耐塩性機構には、ホルモンが重要な役割を果たしている。比較ゲノム学の研究から、硬骨魚類で、Na+を放出し、血管降圧性の性質を持つホルモンが多様に発達していることが分かってきた(Takei et al. 2008)。これらのホルモンは、硬骨魚類の海水での生存と水中における低い動脈圧の維持に重要である。

海生のメクラウナギの血漿イオン濃度は、ほとんど海水と同じである。この特徴は海生の無脊椎動物に共通である。過剰なNa+とCl-イオン濃度は、細胞を過分極させ、神経と筋肉の興奮性を損なってしまう。興奮性を保つため、細胞質のイオン濃度をそれに対応して上げなければならない。しかし、それは細胞質内の酵素の働きを損なう可能性がある。軟骨魚類(全頭亜綱と板鰓亜綱そして、総鰭類)では、血漿中に尿素を蓄えて浸透圧を海水と同じレベルに上げる一方で、イオン濃度は海水のそれよりも低く維持されている。高い尿素濃度による代謝酵素に対する好ましくない影響は、トリメチルアミン酸化物により打ち消されている。海において現在もっとも繁栄している硬骨魚類の条鰭類は、イオン濃度と浸透圧を環境の塩度に関係なく、海水の三分の一のレベルに維持している。イオンと浸透圧に適応する円口類、イオン濃度を調節し浸透圧に適応する軟骨魚類、そして両方とも調節する条鰭類への進化過程を追跡することは魚類の海水への適応過程を理解するうえで重要である。

ナトリウム排泄性ペプチド(NP)族はその典型で、7つの種類(ANP、BNP、VNP、CNP1,2,3,4)が見つかっていて、海生魚類において低ナトリウム排出効果と血管降圧効果を示す。これら7つのホルモンは、軟質亜綱(チョウザメとポリプテルス)の段階で既に存在していたので、これらのNPは第三回全ゲノム重複の以前に、硬骨魚類の系統に既に存在していたことになる。軟骨魚類(全頭亜綱と板鰓亜綱)はCNP3のみを持ち、円口類(メクラウナギとヤツメウナギ)では、CNP4しか同定されていない。このことから、CNP4がNP族の祖先分子であると考えられる。CNP3は第二回全ゲノム重複によって無顎類と顎上亜綱との分岐の時に作られ、軟骨類においては、その後の長い進化でCNP4が失われたと考えられる。心臓ホルモンであるANP、BNP、そしてVNPは、同じ染色体におけるCNP3の縦列重複で作られた。CNP1とCNP2は、CNP3遺伝子からの違う染色体へのブロック重複によって作られた、これら3つの遺伝子はそれぞれ3つの違うエノラーゼ遺伝子と連関している。これら7つのNP遺伝子は、総鰭類(後に四足動物が進化する)と条鰭類が分岐する4億年に存在していたことは明らかである。四足動物においては、哺乳類においては3つ(ANP、BNP、CNP4)、鳥類においては4つ(BNP、VNP、CNP3、CNP4)そして、両生類では4つ(ANP、BNP、CNP3、VNP4)しか保持していない。硬骨類の系統では、いくつかのNPが失われたのに対し、条鰭類がすべて7種類のNPを保持していることは、興味深い。

もう一つの例は、グアニリン族でグアニリン、ウログアニリン、レノグアニリンの3つのパラログがある。これらは、Cl-の管空への分泌を亢進し吸収型のNa-K-2Cl-の共輸送体を活性化する。

最新の例は、アドレノモジュリン(AM)族である。AM族はAM1,2,3,4,5の5種類からなっていて、AM2とAM5は、硬骨魚類において最も有効な血管拡張と浸透圧調節能力を示している。AM1/AM4とAM2/AM3は硬骨魚類の系統における三回目の全ゲノム重複で、重複されたが、AM5に対応する重複遺伝子は失われた。

これらの多様なホルモン族が、硬骨魚類の海水適応に不可欠な働きをしていることが分かってきた。

Takei et al. 2008, Exploring novel hormons essential for sea water adaptation in teleost fish, General and Comparative Endocrinology, 157, 3-13.