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タンデム惑星形成理論: Tandem Planetary Formation Theory

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Ebisuzaki and Imaeda (2017)は新しい惑星形成理論の枠組みを構築した。彼らはまず、原始星の周りを回転する降着円盤の定常1次元構造を求めた。そこで、磁気回転不安定性(MRI)による乱流の発生を考慮すると、円盤は、3つの領域、外の乱流領域、静穏領域そして、内側の乱流領域に分かれることが分かった(Imaeda and Ebisuzaki 2016)。外側の乱流領域は磁気回転不安定のために完全に乱流的であるが、r_out(=9-60天文単位)よりも内側では、円盤の中央面付近で電離度が極端に下がり、磁場とガスとの相互作用が全くなくなって、磁気回転不安
定が抑制される領域(静穏領域)が現れる。さらに内側に進んでr_in(0.2-1.0天文単位)ぐらいになると、重力エネルギー解放のためにガスの中央面の温度が1000Kを超えて再び電離度が上昇して磁気回転不安定が起動され、円盤が再び乱流的になる。

この3つの領域を分ける二つ(外側と内側)の境界が、惑星形成に重要な役割を果たす。微惑星(直径数キロメートルの微小な惑星)は外側と内側の境界付近の二つの場所でのみ形成される。固体微粒子が、動径方向に移動して二つの境界に集まってくるからである。

外側の境界では氷の粒子が低速衝突による多孔性集積を繰り返し、雪の塊のように非常に低密度(10^-5 g cm^-3)になりつつ直径数メートルになるまで成長する。最終的には、これらが重力不安定を起こして微惑星となる。この微惑星がさらに集まって木星や土星などの巨大ガス惑星の固体コアや海王星などの氷惑星となったと考えられる。

一方、内側の境界ではガス圧が最大になるので、岩石粒子の動径方向のドリフト速度が非常に小さくなり、吹きだまって集積する。それらはガス円盤の中央面付近に固体微粒子(小石サイズ)でできた薄く高密度のサブ円盤を形成する。それが薄くなりすぎて重力不安定を起こし、分裂して微惑星を形成する。この岩石でできた微惑星がさらに小石サイズの固体粒子を吸収しつつ成長し、最終的には地球、金星、火星などの岩石惑星となったと考えられる。

内側の境界の温度は、ナトリウムやカリウムのようなアルカリ元素が電離を始める温度で決まっており、必ず1000Kを超える高温になる。したがって、そこで作られる岩石微惑星は揮発成分(水や二酸化炭素)を完全に失ってしまう。このような水を持たない微惑星の形成は、地球を含む岩石惑星が完全に水なしでまず生まれたらしいという地球マントルや月の石、火星隕石の最近の分析結果と整合的である。その場合、今地球に存在する水は、惑星形成後だいぶ(1億6千万年ほど)経ってから、現在の小惑星帯あたりにあった炭素質コンドライト様の小惑星の爆撃で後からもたらされたと考えなければならない。

この新しい理論は「タンデム惑星形成」と名付けられた。外側と内側の二か所で形成されるからである。タンデム惑星形成理論は、これまでの理論にはない良い特徴を持っている。まず、固体微粒子が円盤の二か所に勝手に集まってくる機構を持っているので、固体粒子の成長が十分早く起こり惑星ができる。次に、原始惑星がある程度成長してからも、小石サイズの粒子の供給が外側の領域から続くと期待されるので、少数(10個以下)の比較的大きな惑星ができる可能性が高い。その過程では激しい惑星同士の衝突はあまり起こらない(数が少ないから)と期待されるので、太陽系の惑星が円軌道に近い軌道を持つことが自然に説明できる。最後に、太陽系には、火星の外から木星までの間に固体成分
がない「間隙」が存在することが知られている。現在はそこには惑星が存在せず、小惑星帯になっている。タンデム惑星理論は固体粒子分布の間隙を自然に説明できる。

このようなタンデム惑星がうまく機能するためには、星ができる環境が適切でなければならない。例えば、円盤の縦磁場の強さが弱いと外側の境界が100天文単位の外に出てしまい、外側での氷微惑星の形成がうまくいかなくなることが分かっている。今後、星形成の環境と惑星形成の様態の関係について調べれば、最近見つかっている多様な惑星系をうまく説明できるようになるかもしれない。

Ebisuzaki, T. and Imaeda Y., 2017, United theory of planet formation (i): Tandem regime, New Astronomy, 54, 7-23.

Imaeda, Y. and Ebisuzaki, T., 2016, Tandem planet formation for solar system-like planetary systems, Geoscience Frontiers, in press.

脂質膜の初期進化と細菌と古細菌の分岐:The early evolution of lipid membranes and the three domains of life

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すべての細胞膜は、グリセロールリン酸のリン脂質でできており、その共通性が最終共通祖先(LUCA)の存在の根拠の一つになっている。しかしながら、リン脂質の生合成経路は、細菌と古細菌で非常に違っているので、それらの最終共通祖先は、リン脂質膜を持っていなかったのではないかとの疑いがもたれていた。Lombard et al 2012によると、最近の系統樹の研究はそれを支持せず、LUCAはむしろ両者の要素を持つ複雑なリン脂質膜を持っていたことを示唆している。

細菌と真核生物は、同じ細胞膜を持っている。それはglycerole-3-phosphate(G3P)でエステル結合された脂肪酸リン脂質でできている。一方で、古細菌の細胞膜はglycerole-1-phosphate(G1P)でエステル結合されたイソプレノイド鎖でできている。細菌と古細菌は鏡映異性的に違う合成経路を使う、特にG1Pを合成するリン酸デヒドロゲナーゼは、G3Pを合成するそれとはまったく違う。このため、LUCAがどのような細胞膜を持っていたかが議論の的になっていた。

Koga et al. (1998)は、リン脂質生合成経路は、LUCAの後に、細菌と古細菌の系統で別々に確立されたと主張した。しかしこの仮説は、確かに細菌と古細菌の細胞膜の生物の違いを説明するが、LUCAは100種類もの遺伝子を保有しているはずであることが分かってきた。このような複雑なシステムはダーウィン型進化を経て作られると考えられるが、細胞膜で仕切られていない生物がダーウィン進化できる様には思えないので、大変奇妙であった。

Martin and Russell (2003)はリン脂質の代わりに海洋底熱水孔で析出する一硫化鉄鉱物がその仕切りとなり、その内外の酸素濃度、pHと温度の差による化学反応でリボソームとそのほかのLUCAの特質が確立したと考えた。リン脂質の合成系はその後、古細菌と最近の系統で独立に成立したと考える。しかし、海底熱水孔は比較的変化が早く、個別の煙突は典型的には100年以内になくなってしまう。鉱物に束縛された生物は他の煙突への移動が不可能なので、その起源からLUCAまでの進化が一つの煙突内で100年という驚くべき短期間で起こったとは、考えにくい。

教科書は細菌と古細菌のリン脂質の差を強調するが、詳細に調べてみると両者の差はそれほどはっきりしていない。例えば、脂肪酸は古細菌でも検出されており、イソプレノイドも細胞膜の成分としてはすべてのドメインの生命に分布している。唯一の大きな違いは、グリセロールリン酸の鏡像異性体のG1P(古細菌)とG3P(細菌と真核生物)が非相同的なグリセロールリン酸デヒドロゲナーゼを使って行われることである。ただし、最近の遺伝子系統解析は、両者の差の強さについては疑問を呈している。というのは、G1PデヒドロゲナーゼとG3Pデヒドロゲナーゼはどちらも、3つのドメインに広く分布する一つの遺伝子スーパーファミリーに属しているからである。つまりこのスーパーファミリーに属する少なくとも一つの遺伝子は、細菌と古細菌の分岐以前に成立していなければならない。したがって、LUCAはG1PとG3Pを区別せずに合成する祖先的な遺伝子を持っていた可能性がある。その遺伝子が、細菌と古細菌の分岐以後にそれぞれG1PとG3Pに固有な遺伝子に特化していった可能性がある。つまり、LUCAは細菌型のG3P脂肪酸と古細菌型のG1Pイソプレノイドの両方のリン脂質を含んだ細胞膜を持っていたことになる。

最近の系統樹解析は、イソプレノイド合成のためのメバロン酸経路は古細菌と真核生物、そしていくつかの細菌の門で高度に保存していることが分かっている。したがって、メバロン酸回路はLUCAには存在していたが、ほとんどの細菌では失われ、非相同的なメチルエリトリトールリン酸経路にとって代わられたのだろう(Lombert and Moreira 2011)。一方、古細菌は、細菌の脂質合成経路と相同的な遺伝子とを保持し続けた。

では、古細菌と細菌の「細胞膜分岐」はどのように起こったのだろうか。古細菌の最終共通祖先は好熱菌であったことは広く認められている。したがって、古細菌の細胞膜は極端に熱い環境において陽子の細胞膜透過を抑制して細胞膜内外の電気化学的勾配を維持するように進化したのかもしれない(Valentine 2007)。一方、細菌の系統においては、アシル基輸送たんぱく質の進化が、効率的な脂肪酸合成を可能にした。この経路がリン脂質合成系に使われるようになり、イソプレノイド合成系は、他の機能に使われるようになった(Lombard et al. 2007)。脂肪酸もイソプレノイドも、二つの系統の中に残っている。

Lombard et al. 2012, The eraly evolution of lipid membranes and the three domains of life, Nature Review, 10, 507-515.

Koga, Y., Kyuragi, T., Nishihara, M. and Sone, N. 1998, Didarchaeal and bacterial cells arise independently from noncellular precursors? A hypothesis stating that the advent of membrane phospholipid with enantiomeric glycerophosphate backbones caused the separation of the two lines of descent. J. Mol. Evol. 46, 54-63.

Martin, W. & Russell, M. J., 2003, On the origins of cells: a hypothesis for the evolutionary transitions from abiotic geochemistry to chemoautotrophic prokaryotes, and from prokaryotes to nucleated cells. Phil. Trans. R. Soc. Lond. B 358, 59-83.

Lombard, J. & Moreira, 2011, D. Origins and early evolution of the mevalonate pathway of isoprenoid biosynthesis in the three domains of life. Mol. Biol. Evol. 28, 87-99.

Valentine, D. L., 2007, Adaptations to energy stress dictate the ecology and evolution of the Archaea. Nature Rev. Microbiol. 5, 316–323.

Lombard, J., López-García, P. & Moreira, D. An ACPindependent
fatty acid synthesis pathway in archaea? Implications for the origin of phospholipids. Mol. Biol. Evol., 29, 3261–3265

津波発生メカニズムに新知見 海底地滑りによる災害増大化防げ

2011年3月11日の東日本大震災では、巨大津波が1.5万人を超える人命を奪い、東北地方太平洋沿岸に未曽有の災害をもたらした。このときの津波データを見ると、震源に近い仙台市周辺よりもかなり北に偏った岩手県陸前高田市から同宮古市にかけての三陸沿岸を並はずれて高い40メートルの津波が襲来したことがわかる。このような現象は、リアス式海岸の地形効果のみで説明できるのだろうか。
 東京大学のゲラー教授ら国際チームは、津波の波形データを詳細に調べた。その結果、津波の観測データを説明するためには、震央に近い波源の他に、もう一つ別の波源も必要であることを見いだした。この波源は、震源の北北東約150キロの三陸海岸沖の日本海溝陸側斜面に位置する。その付近の海底水深を地震前後で詳細に比較したところ、数十メートルにおよぶ海底面の変動が約40×20キロの面積でみられた。
 それは大規模な海底地滑りが地震の直後にここで起こったことを示している。この場所は、海溝陸側の最も急峻(きゅうしゅん)な(勾配角度が20度を超える)斜面である。陸側から河川によって運ばれて堆積した土砂が地震によって崩落を始め、大規模な海底地滑りに至ったと考えられる。ゲラー教授らの解析によるとこの海底地滑りによる第2波源は、地震発生後25~35分のちに、鋭い波高(8メートル)のピークを作りだした。これが地形効果でさらに増幅され、最終的に40メートルを超える津波が三陸沿岸を襲うこととなった。この余分な波源さえなければ、三陸海岸における津波波高は、地形効果による増幅を考慮しても10メートル程度にとどまった可能性がある。
  海底では土砂が未固結のまま堆積するので、緩斜面でも重力不安定となって地滑りが起こる。また一度発生すると数十キロから数百キロもの距離を延々と走ることが知られている。米国ハワイ州オアフ島北東沖に広がる地滑り跡は、総面積は2万3000平方キロに達し、四国のそれ(1万8300平方キロ)を超えている。このときの津波は、はるか太平洋を越えて北米西海岸に達し、その波高は10メートルを超えたと考えられている。同様の大規模な地滑り跡が、ノルウェー沖や北米東海岸のノーフォーク沖、インドネシアのジャワ島南方の海溝、大西洋カナリー諸島周辺に発見されている。
 同様の災害は日本でも江戸時代の1792年に起こった。「島原大変肥後迷惑」である。前年から続いた普賢岳の噴火で、眉山の南側部分が地滑りをはじめ大量の土砂が有明海になだれ込んだ。その結果、島原側で6~9メートル、対岸の肥後側で4~5メートルの津波が襲い、甚大な災害を引き起こした。これは、陸上で起こった地滑りが海中まで続いた例であるが、その津波発生メカニズムについては同じと考えてよい。
 熊野灘沖は、西南日本太平洋沿岸において、近い将来発生する可能性が最も高い東南海地震の震源域である。濃尾三川(木曽川・揖斐川・長良川)起源の伊勢湾からの土砂と日本一の雨量を誇る紀伊山脈からの土砂が、熊野灘海盆に堆積して東南縁の急斜面付近(南海トラフ陸側斜面)で重力不安定場を形成し、海底地滑りがいつ起こってもおかしくない状況にある。実際、海底調査において、大規模な地滑り跡が発見されている。この地滑りがいつ起きたのかは不明だが、三重、濃尾、東海地方に大きな津波災害をもたらした1944年の昭和東南海地震の津波にも寄与した可能性もある。
  このような新しい知見を生かせば津波災害を減らすことが可能かもしれない。地震で誘発されて、同時多発的に大規模な地滑りが起これば大災害となるが、海底地滑りの原因となる重力不安定堆積物を計画的に多数回に分けて除去すれば津波災害を軽減できる。根絶とまではいかないまでも、例えば最大波高を半分にできれば、格段に被害は減る。深度2~4キロの深海底での作業は容易ではないし、見込み違いも起こるだろうが、津波となれば甚大な被害となる。津波被害の予防的軽減に向けて、科学技術の力で今こそ真剣に取り組むべきだと考える。
フジサンケイビジネスアイ 2016年9月 許可を得て転載

深刻化するスペースデブリ問題 研究本格化を

宇宙ごみ(スペースデブリ)は、地球衛星軌道を周回する不要な人工物体だ。宇宙開発の活発化に伴い増え続けており、約3000トンのスペースデブリが地球周回低軌道に存在するといわれている。その速度は弾丸よりも速い秒速10キロメートルに達するため、小さなスペースデブリであっても、人工衛星や宇宙ステーションに衝突すれば致命的な損傷を与える可能性がある。スペースデブリ同士の相互衝突により増加したスペースデブリが、他のスペースデブリや衛星に衝突することで、さらに増殖することが懸念されている。実際、2000年から14年の間にスペースデブリの数は2倍近くに増えているとの報告もある。
 スペースデブリの中でも特に0.3~10センチメートルサイズのスペースデブリは非常に多数(およそ70万個以上)存在し、小さいため検出が困難なことから、最も危険とされている。これらのセンチメートルサイズのスペースデブリを除去する方法はまだ確立しておらず、大きなスペースデブリの数を減らすことで、自然に小さなスペースデブリが減少するのを待つしかないとされていた。しかし、1センチメートル以下のスペースデブリの密度がある臨界的な値を超えると、相互衝突により勝手に数が増加することが知られており、その理論の提案者の名前を取ってケッスラー・シンドロームと呼んでいる。研究者の間では、既にそのような憂慮すべき状態に入ったのではないかとの心配が広がっている。
  最近、高輝度のレーザーをスペースデブリに照射するとプラズマが噴き出す現象を利用して、スペースデブリを脱軌道させて地球大気に再突入させる方法が提案され、有望な方法として検討が始まっている。スペースデブリ検出には口径2メートルほどの超広角望遠鏡を用い、軌道を粗く決めた後、その方向に探索レーザービームを照射し、軌道を正確に決定して、その方向に高輝度レーザーを照射する。レーザーによってスペースデブリ表面が高温化し、プラズマが噴出する。その反力でスペースデブリを減速させ、大気への再突入に導くというアイデアだ。
 この実現のためには、多くの技術開発が必要である。超広角望遠鏡は、宇宙からやって来る超高エネルギー粒子の検出用に開発された技術を用いる。高輝度レーザーは多数のファイバーで同時に発振させ、そのビームを結合して用いる。100キロメートル先の1センチメートルのスペースデブリに対して安定してレーザービームを照射し続けるには、レーザー発振器および射出望遠鏡に高度な制御が必要である。さらには、近づいてくるスペースデブリを検出し、軌道変更まで最大10秒で終わらせる必要がある。
 一方、不要物体といっても、それを打ち上げた国や組織が存在しており、その所有権は厳然と存在していることから、勝手に片づけることはできない。しかしながら、個々のスペースデブリがどの国に所属しており、所有者が誰かを特定することは、実際上不可能である。このことも、問題解決への動きの具体化を困難にしている。
 さらに、高輝度レーザーを宇宙で運用すること自体、宇宙の平和利用の観点から、宇宙機関の間で強い躊躇(ちゅうちょ)があることも事実だ。したがって、国際的な合意の上で、公平な国際機関の管理の下で推進することが必要となる。いずれにしろ時間がかかりそうだ。
 幾多の困難があるが、次世代に安全で平和な宇宙を残すためにわれわれの世代が立ち上がり、技術的な問題の解決へ向けて研究を本格化するとともに、具体的な対策のための国際的な議論を今始めなければならない。
フジサンケイビジネスアイ 高論卓説2016年8月
許可を得て転載

人間の脳を超えるスパコンで人間性の実証的研究

人間の脳は、どれくらいの性能の電子計算機と等価なのだろうか。神経細胞の数は約1000億個といわれている。1つの神経細胞は、約1ミリ秒に1回、1000から1万個の別の神経細胞から情報を得て、自分の興奮状態を決めると教科書には書いてある。そこで行われる演算は「積和演算」だ。それが1000億個あることを考慮すると、1秒間に20京~200京の速度を持つ計算機で、人間の脳と等価になる。
 最近は、脳の神経細胞の性質が、詳しく分かるようになっている。神経細胞の多くは小脳にあって、その大部分の入力数はかなり小さい。大脳にある神経細胞の一部は、網の目のように多点で結合しているものがあるという具合だ。これらを考慮しても、人間の脳は1秒間に10京~100京回演算をする電子計算機と思えばいい。
 一方で、世界最速のスーパーコンピューターの開発は、日米中でしのぎを削っている。当面の開発目標は1秒間に100京演算を実行できるスパコンで、2020年をめどにプロジェクトが進んでいる。つまり、20年ごろには、計算効率を考慮しても人間の脳全体の処理速度に匹敵するスパコンが出現する。この計算機の開発が浮上した時期に、計算機に基づいた人工知能(AI)が人間臭い行動をし始め、よく定義された問題では人間の能力を追い越し始めたのは、偶然ではないと考える。
人間の知能をAIが超えてしまい社会が根本から変わってしまう「シンギュラリティ」が20年ごろを起点として起こるのは、計算機の性能向上を考えると必然だ。逆に、積和演算がひたすら速い超並列マシン、いわゆるスパコンを開発することがAI研究の最重要課題となったということも言える。脳型コンピューターは、行列演算に特化したスパコンに収斂(しゅうれん)したのだ。
 では、演算処理速度としては、人間の脳に匹敵する100京マシンは、人間の脳を代替できるだろうか。その答えは、ある意味では「イエス」であり、ある意味では「ノー」だろう。本当に大事な問いは、何ができて何ができないのかを検証し、その理由は何かを明らかにすることである。そのための数値実験が20年代に盛んに行われるようになるだろう。
 人間心理、文学、音楽、詩、哲学など、これまで人間のみが直接関与できた研究分野が、電子計算機を使って実証的に検証しながら研究が進むようになるはずだ。人間の脳の中の状態を詳細に把握することは難しい。しかし、その機能を電子計算機に移すことができるのならば、電子計算機の内部情報はいかようにでも把握できる。これまでの文系学問の研究が、電子計算機を道具に理系の手法を取り入れて一気に加速するかもしれない。
 さらには、人間の理解が一層進むだろう。脳の解剖学的なデータや神経細胞の結合を詳細に調べて、それを電子計算機で模倣すればその動作が手に取るようにわかるはずだ。その過程で人間を特徴づける脳の特殊性と普遍性が明らかになるだろう。
 今のところ人間の専売特許である「創造性の発揮」の謎が解明されるかもしれない。ただし、行列演算主体のスパコンによる、神経細胞をたくさん集めただけのシステムが創造性をバリバリ発揮するとは、実は私も思っていない。それでも、それをやってみることには、重大な意味がある。実は予想が間違っていて、創造性が生まれたら、それでよし。もし、うまくいかなくても何が足らないのかがおぼろげながら見えてくる。それを克服する方法を模索することが次の研究段階となる。科学研究はこのように曲折しながら進んでゆくものだ。そのような研究の中から、「人間性とは何か」という根本的課題に対する答えが得られるかもしれない。

新規遺伝子の出現に関する「出精巣」仮説: The "out of testis" hypothesis for the emergence of new genes

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新規遺伝子の出現に関する「出精巣」仮説(Kessmann 2010)は、新しい遺伝子や遺伝子構造の転写は、精巣の生殖細胞、減数分裂をする精母細胞と減数分裂後の精細胞で促進されると考える。一度、転写されると、新規の有効な機能をもつ遺伝子は選択的に保存され、より効率的なものへと進化する。最終的には、このような新規の遺伝子はより広い発現パターンを持つ、すなわち精巣以外の組織でも機能を獲得する。

精母細胞と精細胞は、精子形成が進む輸精細管の中に見られる。これらの細胞の中では、クロマチン構造が全体に緩んでいるためと、転写機構が強く発現しているために、新規遺伝子の転写が促進される。転写的に活発なクロマチン状態は、CpGリッチプロモータ配列の広範な脱メチル化とヒストン修飾(アセチル化とメチル化)の結果と考えられている。これらは転写機構のアクセスを促進する。

Kessmann, H. 2010, Origins, evolution, and phenotype impact of new
genes, Genome Research, 20, 1313-1326.

染色体における二回の遺伝子獲得バーストと、それに伴う哺乳類進化におけるオス偏向遺伝子の染色体間での再分配 Chromosomal Redistribution of Male-Biased Genes in Mammalian Evolution with Two Bursts of Gene Gain on the X Chromosome

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Zhang et al. 2010は、ヒトとマウスの持つ、個々のタンパク質をコードした遺伝子とマイクロRNA遺伝子の獲得年代を脊椎動物の系統樹解析により決定した。その結果、X染色体の獲得遺伝子数が、二つのピークを示すことをあきからにした。

一回目のピークは、1.3億年から0.9億年にかけての真獣族と有袋族の分岐の後(分岐5,6,7)にある。これは、真獣族にX染色体が出現し、性に関連した機能の進化の加速に伴って、多くの遺伝子が獲得されたという仮説に一致する。二回目のピークは0.5億年以内のできごとで、霊長類においてはチンパンジー・人類の分岐(分岐12)、齧歯類においては、マウスとラットの分岐(分岐11)以降に生じたものである。
5千万年以内に獲得されたオス偏向遺伝子(オスで発現している遺伝子)は、X染色体に集中している。これは、劣性でかつオスに有利に働く遺伝子が、選択的にX染色体に固定されたためのかもしれない。このような傾向は、より古い分岐で現れた遺伝子では減少する。3億年以前に獲得されたオス偏向遺伝子は、常染色体に多い。また、分岐5においては、メス偏向遺伝子の割合が、X染色体で常染色体に比べて大きい(39%)。一方、分岐6と7では常染色体、X染色体ともに15%である。これは、新しく獲得されたX染色体にあった遺伝子が強く正の選択を受け、オス偏向およびメス偏向の両方の遺伝子が過剰に獲得されたことを示している。

遺伝子獲得率の一回目のピーク(分岐5、6、7、)は、哺乳類の共通祖先において、真獣族と有袋族の分岐前にX染色体が出現したことを示している。初期のX染色体は、多くの遺伝子を獲得した結果、大きく変化しているはずである。もしこの説が正しいとすると、X染色体にもともとあった古い遺伝子が、新しく獲得された遺伝子と同様に多くの変異を受けている可能性がある。実際に調べてみると、分岐5以後では同義・非同義変異比が有意に高いが、以後はそうではないことが分かった。これは、分岐5以前にはこれが性染色体ではなかったことを示唆している。

これまで述べてきたように、X染色体への集中が、より古い分岐時に獲得されたオス偏向遺伝子では減少する。マウスの精子形成における発現データを比べ、獲得年代が違う遺伝子の発現を比較し、どのような力がこの非男性化過程を駆動しているのか調べてみた。その結果、古い遺伝子は、減数分裂期以前(精原細胞)で発現しているが、パテキン期から減数分裂後期(精子細胞)には抑制されている。一方、新しい遺伝子は減数分裂期以前のみならず、減数分裂後に至っても抑制されていない。このことは、古い遺伝子がMSCI(meiotic sex chromosome inactivation:減数分裂性染色体抑制)で抑制されるのに対し、X染色体上の新しい遺伝子は、発現が抑制されないことを示している。オス偏向遺伝子は、最終的には、MSCIにより抑制されるX染色体から、それがない常染色体に移る。その結果、X染色体には、メス偏向性遺伝子が残ると考えられる。一方で、X染色体上に存在するオス偏向性遺伝子は、MSCIから逃れた遺伝子と考えられる。

メス偏向遺伝子は、オス変更遺伝子とは対照的な分布を示す。つまり、古いX染色体遺伝子は、メス偏向遺伝子がより多い。常染色体上の若い遺伝子は、卵巣でより強く発現する。さらに、X染色体上の若い遺伝子も卵巣で発現する。このような発現の傾向は脳を除いて、肝臓や肺などでも観察される。一方、脳の発現パターンは独特である。つまり、分岐7より後に獲得された若い遺伝子は、常染色体に比較的多いが、古い遺伝子(分岐7以前)はX染色体により多く存在する。これはX染色体に脳発現遺伝子が多いという以前の知見と一致している。

これまで述べてきたようなX染色体の特徴は、miRNAにおいても見られるため、タンパク質をコードした遺伝子だけの特徴ではないことがわかる。

まとめると、X染色体はシーケンスの面からも発現の面からも、真獣族と有袋族の分岐の直後から、大きな進化が起こっていることがわかる。

1)Zhang, Y.E., 2010, Chromosomal Redistribution of Male-Biased Genes in Mammalian Evolution with Two Bursts of Gene Gain on the X Chromosome, PLos Biology, 8, e1000494.
(Khill et al. 2004)。

(一部、奈良先端大、大島氏の協力を得た)

新規遺伝子の出現率:Emergence rate of founder genes

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生物はもともとある遺伝子を元にして、その重複と再構成で新しい遺伝子を作ってきたと考えられてきた。ところが最近になって、元になっている遺伝子が見つからない「孤児」遺伝子がたくさん存在することが分かってきた。それらは、重複や再構成から始まったが原型がわからないほど変化してしまった遺伝子か、ゲノムの非翻訳領域からコピーされて、何らかの理由で調節機構を獲得し新たに遺伝子になったものらしい。後者はこれまであまり多くないと考えられてきたが、最近になってこの遺伝子獲得機構が生物進化に重要な役割を果たしていることが分かってきた。

Tauz and Domazet-Loso 2011は、マウス、ショウジョウバエ、シロイヌナズナの進化史における新規遺伝子の出現率の変化を調べてみた。新規遺伝子の出現率は、一様ではなく、いくつかのはっきりとしたピークがみられる。マウスにかんしては、後生動物(Metazoa)が生れた8-7億年頃と、真獣類(Eutheria)と有袋類が分かれた直後(約1億年前)に二つの顕著なピークがある。前者のピークはショウジョウバエにもみられる。シロイヌナズナに関しては、バラ類(Rosids)などの被子植物が適応放散した1億年前頃に植物固有のピークがある。これは、マウスの二つ目のピークとおおむね一致している

一つ目のピークの時期、つまり、約8-7億年前は、超大陸ロディニアが後に太平洋を作るスーパープリュームの活動で分裂しかけており、繰り返し全球凍結事件が起きていた。この時期に後生動物が生れ、エディアカラ動物群から、カンブリア生物大爆発への道が開かれた

一方、二つ目のピークの時期、つまり1億年前は、超大陸ゴンドワナが分裂を開始していた。この開裂が後に大西洋となる。この時期に哺乳類と被子植物が誕生している。

1)Tauz, D and Domazet-Loso, T. 2011, Nature Review, Genetics, 12, 692-702.

白亜紀末の寒冷化と暗黒星雲遭遇による大絶滅:End-cretaceous cooling and mass extinction driven by a dark cloud encounter

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Nimura et al. (2016)は、深海底コアのサイト886Cの遠洋堆積物の中に、イリジウム濃度が異常に高い層が5m連続的に分布していることを発見した。そのイリジウム以上層の最上層近くに、チュチュルブ小惑星衝突に関係するK-Pg(中世代―新生代)境界のイリジウム濃度スパイクがある。この幅の広いイリジウム濃度の異常は、地球表面起源のいかなる成分の混合でも説明できない。一方で、太陽系が100pcに及びその中心濃度が2000個陽子/cm^3に達する巨大分子雲に遭遇したと考えるとうまく説明できる。Kataoka et al. (2013;2014)は太陽系の暗黒星雲との遭遇が、大量絶滅を引き起こす地球に環境の破局をもたらすことを示している。

暗黒星雲に含まれる固体微粒子は少なくとも数か月の間、成層圏にとどまる。その太陽遮蔽効果は-9.3 Wm^-2ほどもある。これは、地球を一時的に全球凍結に至らせるに十分な強さである。このような暗黒星雲との遭遇が、酸素同位体やストロンチウム同位体の測定結果で示唆されている白亜紀の最後の8百万年間に及ぶ全球的な寒冷化の原因だったと考えられる。その結果、大陸氷床の成長により海面水準が下がった。この全球的な寒冷化は、化石生物の種の多様性の減少に伴って起こっており、最終的には、K-Pg境界の大量絶滅を引き起こしたと考えられる。

1) Nimura, T., Ebisuzaki, T., and Maruyama S., 2016, End-cretaceous cooling and mass extinction driven by a dark cloud encounter, Gondwana Reserach, accepted.

2) Kataoka, R. Ebisuzaki, T. et al. 2013, Snowball earth driven by starbursts of the milky way galaxy, New Astronomy, 21, 50-62.

3) Kataoka, R., Ebisuzaki, T. et al. 2014, The Nebula Winter: the united theory of the snowball earth, mass extinctions, and explosive evolution in the late Neprotrozoic and Cambrian periods, Gondwana Reserach, 25, 1153-1163.

図書館は研究者の生命線 学際研究、情報駆使して真剣勝負

 研究の進歩が加速している。ちょっと前までは一つの方法論を武器に20年は世界の一線で戦えた。つまり、大学院の頃、習い覚えた学問体系と手法で50歳前後まで頑張り、後は若い研究者を指導(搾取)しつつ、学会や組織間の利害の調整に時間を使って60歳の定年を迎えるというのが研究者の典型的なライフサイクルだった。
 ところが今や、世界中の研究者との競争のため、ちょっとした手法の有利は5~10年で陳腐化してしまう。優秀な若手研究者が頑張って定職に就いて、40代になった頃に、彼(彼女)を支えていた手法が賞味期限を過ぎ、定職に就いた安心感と雑用の嵐に埋もれて、一気に保守化して研究者としては脱落していく例をよく見る。定年はどんどん伸びている。せっかく博士号を取得したのに、実質的には10年しか研究者として活動しないのは、もったいない気がする。
 近年進歩の著しいITは、中年・初老の研究者に福音をもたらしている。ほとんどの研究誌が電子化されたので、研究室にいながらにして、多くの論文のコピーを集めて一気に読めるようになった。また、必要な情報(研究論文の書誌情報を含め)はインターネットで検索をかけ瞬時に得られる。これらを駆使すれば、衰えがちな体力(集中力)と記憶力を補って、研究に必要な情報を一気に頭の中に詰め込むことができるのだ。
 私が学生の頃は、大学の図書館に籠もって、書庫の中を這(は)いずって目的の雑誌を見つけ、せっせと自分でコピーしなければならなかった。この作業だけで小一時間はかかり、せっかく頭の中に蓄積しつつあった研究情報も消えて、一から考え直しとなっていた。
 ここ10年、私は自分が博士号を取った天体物理学の分野を超えていろいろな分野で論文を書くようになった。それは、周辺領域の計算科学、プラズマ物理、放射線科学さえも超えて、宇宙工学、惑星科学、放射線生物学、さらには地球科学、分子生物学、生物進化などに広がっている。それぞれユニークな視点を与えるオリジナリティーの高い仕事と自負している、その評価が定まるのは20年後だろうが。
 それを可能にしたのは、図書館だ。研究所や大学の図書館は、書籍の所蔵もさることながら、研究誌の購読が大きな任務となっている。私が勤務する理研の図書館は「日本で唯一の自然科学の総合研究所」と謳(うた)うだけあって、多くの分野の雑誌を購読し、比較的早期に電子版購入に踏み切った。
 また、理研が購読していない雑誌については、全国の大学・研究所の図書館が連携して運用している文献コピーサービスを愛用させてもらっている。1週間程度の遅れはあるが、ほとんどの研究雑誌のコピーを手にすることができる。大変ありがたいことだ。
 現在、学際研究の必要性が叫ばれている。私の経験では、異分野の研究者の講演を聞いたり、一緒に談笑するだけでは、学際研究はその端緒さえにも至らない。講演に先立って関係する論文を読んで、自分なりに論点を予習しておくことが肝要だ。さらに、本番で講演者との真剣勝負の議論を重ね、講演後にも新たに見いだした論点に関する論文を読んで、引き続き復習するという努力が必要だ。予習と復習が重要なのは受験生だけではない。それを可能にするインフラストラクチャーの一つが、図書館をはじめとする充実した研究情報環境だ。
 図書館は研究者が研究者であり続けるための生命線である。
SankeiBiz、2016年3月9日 許可を得て転載